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第148話
◇ ◇ ◇ ◇
幽閉された母への面会が許されたのは、僕と燗喩殿が目出たく夫婦となった日から暫く経ったある晴れた日の事だ。
久方ぶりの母の様子を見て――僕は思わず目を背けてしまった。あれほどまでに美しく気高かった母は――既に廃人同様になってしまっていた。
【私のせいではない――私は直に手を下していない】
【魄、魄、魄、魄―――】
完全に気が触れてしまったのだろう――。
牢屋の中の土壁を埋め尽くす程にそのような言葉がびっしりと繰り返し刻み込まれ、しかもそれを書いた張本人である母の腕や足にまで、びっしりと刻み込まれていたのだ。
ちら、と――警護人の方を見てみるが――重罪人である気が触れた母の様子など、どうでもいいといわんばかりに公務を怠けて居眠りをしている。だから、母がひっそりと隠し持っていた小刀でこれを書いた事なと――気付いていないのだ。
いや、例え――気付いていたとしても彼ら警護人にとって気が触れてしまった罪人の事など,どうでもいいと感じているのだ。
ぽろ、ぽろと涙を流しながら牢の木目の隙間から手を伸ばしてみても――到底、母のいる場所には届かない。
どんなに母の名を呼び、泣き叫んでみても――到底、廃人同様と化してしまった母の心には届かない。
――そんな事をしている内に、あっけなく面会時間は終わりを告げて怠けて居眠りをしている警護人とは別の警護人が泣きじゃくる僕の方へと近づいてきた。
「―――これを……」
「………えっ……?」
と、その警護人から牢屋を去る前にある物を手渡される。それは、何枚かの紙の束であり所謂手紙というものだ。
それを受け取った後――警護人にお辞儀してから一度母な方を振り返った後に後ろ髪を引かれる思いで――僕は牢屋から去って行くしかないのだった。
空には――かつて母と散歩した時に共に見たような燃えるように真っ赤で美しい夕日がぽっかりと浮かんでいるのだった。
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