149 / 151
第150話
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――とん、とん……
私としたことが――既に眠気が限界に達し……うつら、うつらと頭を下げて半ば眠りの世界へ誘われかけていた時、私の肩を小さな手で叩かれ――はっと我にかえってしまい横へと目線を移した。
「母様……母様――それは一体、何を書いていらっしゃるのですか?」
「ゆ、尹儒……何でも――何でもありませぬ。ただの日々の日誌でございますから……」
愛しい燗喩殿との間にできた最愛の息子――尹儒が太陽のように眩しい笑みを浮かべつつ、未だに夢見心地な私に尋ねてきてぎゅっと体に抱きつき甘えてきたのだ――。
こうなってしまっては致し方ない――。
まだ幾つか書き記したい事があったのだが、簡潔にこの日誌の続きを記すとしよう。
あの日、警護人から渡された手紙にかかれていた母の私に対する伝言は大半は私と周りの者達に対する懺悔の言葉だったが、他にも書かれていた事があった。それは、中庭の池に沈んでいた母と幼なじみだったという警護人だけは自分で直接手にかけた――という告白だった。母曰く――ずっと昔にその警護人との間で結んだ約束だったらしいのだが、母がこの世から姿を消した今となっては詳しい事は分からない――。
私が母と父を一度に亡くした事に対して燗喩殿は四六時中とはいかないまでも――ほとんど側にいてくれ、私を慰めてくれた。そして、念願叶って燗喩殿から受け継いだ子種が芽を出し――やがて花開くと、待望の男の童が産まれたのだ。
それが紛れもなく尹儒と名付けた我が子であり、今正に私の側で笑いかけてくれている大切で欠けがえのない存在なのだ。
この子を――尹儒を守るためならば……私は母のように鬼にもなるであろう――。
そのような時が来ない事を切に願い、この日誌は終いとする――。
○月××日 魄 ――著
ともだちにシェアしよう!