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第31話 パフューム 1-6
そうしたら思いきりみぞおちを殴られた。その痛みと苦しさにめげそうになってしまったが、こんなところでめげている場合ではない。広海先輩と二人っきりで飲み行くとか、出かけるとか初めてだ。
「お前ほんとに鬱陶しいのな」
「いまはなに言われても平気です。奇跡を噛み締めてるんで」
広海先輩の背中でガッツポーズをしていると、呆れを含んだため息混じりの声が聞こえる。だが、いまはそれすらいい。
何年一緒にいるんだと突っ込まれそうだが、飲食業の俺とオフィスワークの広海先輩とでは休みがなかなか合わない。しかも通しや遅番ばかりで早番が少ない俺は、仕事上がりの広海先輩と一緒に出かけるという、奇跡のようなタイミングに恵まれることは皆無に等しい。
大学時代などは、広海先輩とそのお友達にくっついて飲みに行くことはあったけれど、お互い仕事をし始めてからは全くだ。一緒に暮らせているいまを考えれば、これは贅沢過ぎる悩みなのかもしれないが、意外と深刻な気もする。
「邪魔だ、さっさと行くぞ」
「行きます、行きますっ、待ってください」
遠慮なく頭を叩かれて、仕方なしに抱きついた腕を解くと、広海先輩は本当にさっさと歩き出してしまった。そしてその後ろを俺は慌ててついて行く。
この機会を逃したら、いつまた彼がこうして来てくれるかわからない。浮ついた気持ちを隠さずに、へらへら笑って広海先輩の背中にくっついたら「鬱陶しい」と跳ね除けられた。しかしいまの俺はどんなことがあってもめげる気がしない。
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