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第32話 パフューム 2-1
駅前までのらりくらりと歩いていたら、ふいに広海先輩はこちらを振り返った。じっとこちらを見る黒い瞳にドキマギして、思わずキスしてしまいたくなるような唇から、紡ぎ出されるだろう言葉を待っていると、なぜか小さくため息をつかれた。
「あの、広海先輩?」
「お前さ、顔に全部出過ぎなんだよ」
「へ?」
呆れたように目を細められて、思わず間抜けた声を上げてしまう。わけもわからず目を瞬かせている俺のことなど気にも留めず、広海先輩は立ち止まった俺の目の前まで近づき、こちらを見上げる。
「そんなにキス、してぇの?」
「えっ、あ……はい」
うかつだった。改めて言われてみれば、先ほどからずっと俺は広海先輩の唇ばかりを目で追っていた。意識するとそれは尚更で、目が離せなくなってくる。そして目の前にあるほんのり色づいている唇を見つめて、思わず生唾を飲み込んでしまった。
そうしたらふいにその唇が歪み、口角が上がった。
「馬鹿かお前、こんな道の往来でそんなこと出来るかよ」
「……いっ、痛」
にやりと笑った広海先輩に見惚れていたら、指先で頬を摘まれて、それを思いきりよく引き伸ばされた。遠慮のない力加減に、軽く涙目になった。
「お前この辺の店、詳しい?」
散々、人の顔をいじり回していた広海先輩は、それに飽きると、またさっさと歩き出し、周りにちらりと視線を向けてから、俺を振り返った。
「え? あ、まあ、そこそこ」
職場から近い駅なので、この辺りは帰りに寄る店が多い。
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