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第2話
そして、生きてるだけでもお腹は空くのです。
働かざる者食うべからず!
この世界に落ちてきて二ヶ月経った今、拾ってもらった時のご縁で町の食堂で働かせてもらってます。
獣人だらけのこの世界の食堂は大っきい。だってアレクさん達みたいに体も大きくて四足のお客さん達もいるから、テーブルも通路も広いんだ。
今日もお店は大繁盛。目が回るほどの忙しさでバタバタと走り回ってる。でもこの充実感、嫌いじゃないよ。
「 友樹 、この皿5番に置いたら右端のテーブル片付けてきて」
「はい。あ、店長、レジお願いします!」
あっちを片付けて、こっちに水を渡してと走り回っていたら、ドン!と誰かにぶつかった。おっとと、ヨロッとしたけど腕を掴まれて倒れずに済んだ。
「痛ったー。あっ、ごめんなさい、ありがとうございます」
振り向いたらアレクさんだった。
「大丈夫だったかい?怪我はない?」
顔を両手で包み込まれ、ぶつかった左頬をしげしげと見られた。
わわっ!精悍な顔が急にドアップになった。
ひゃー、綺麗な顔。目、吸い込まれそう……
大きな手は僕の顔をすっぽりと包み、不思議な色の目が優しく揺れたのを見てどぎまぎした。
「うん、大丈夫そうだね。気を付けて。トモくんは華奢 だからぶつかったら潰されちゃうよ」
華奢って、そりゃあ熊のおじさんやケンタウロスの人々に比べたら華奢だけど、僕は向こうじゃ普通だったんだよ。そんなに過保護にされると……照れる。
それに期待しちゃうよ。
今はまだ保護した子供で心配してるだけかもしれないけど、僕が大きくなったら恋人としてそうやって触ってくれるんじゃないかな、なんて。
『華奢だね。僕が守ってあげるよ』なんてなーんて。へへっ。自分で言っといて照れちゃった。
でもそう思ってた甘い気持ちは、アレクさんのお友達のひと言で霧散した。
「よっ、アレクシイ!久しぶりだな。あれっ、お前さんタトゥーが出てるじゃないか。いい人が出来たんだね、おめでとう」
えっ!
何それ!どういう事!?
驚いていると店長が説明してくれた。
「ああ、 友樹 は知らないか。コッチの奴はな、運命の番 に出会ったら体に印が出るんだよ。見てみな、アレクの右肩。立派なトライバルタトゥーがあるだろ?」
ガンッ と後ろからハンマーで殴られたような気がした。
コッチにも運命の番 っているんだ。
そしてアレクさんは既にその人と出会ってしまっていた。僕が森でアレクさんと出会った時には、彼の肩にはトライバルタトゥーが出てた。よく覚えてる。あまりにも綺麗なタトゥーで目を奪われたから。
「ウソ……」
カラン……
手から力が抜け、持っていたトレーが落ちた。
アレクさんが音に気付いてトレーを拾い、僕に手渡そうと差し出してくれた。その手を見つめる。
それは、ほんのさっき頬を包んでくれた温かい手のひら。
見上げるとさっき見つめてくれた真摯な瞳。
でもそれは僕のものじゃないんだ。
彼には運命のひとがいる。
僕よりそのひとの方が大事なんだ。
──僕のものには、一生ならない
急激に世界が色を失った。
音もしなくなった。
ただただ、嵐のような悲しみが押し寄せてきて、苦しくて悲しくて、僕は糸の切れたマリオネットのようにその場にへたりこんだ。
「……うあ、うああ、ああぁあぁ」
「!」
「うお、何だ何だ、坊主いきなりどうした」
「うああぁあん。うわあぁぁん」
「トモくん!」
とうとう大声で泣き出してしまった。
「どうしたのトモくん!店長何があったんです!」
「分かんねー、タトゥーの事を話してたら急に」
「タトゥー!違う、違うよ、トモくん違うんだよ」
「うああぁあん。うわあぁぁん」
「トモくん、落ち着いて、泣かないで。違うよ、お願いだから話を聞いて」
アレクさんが必死に何か言ってる。でも僕は涙が止まらなかった。パニックだ。アレクさんが焦ってる。困らせたいんじゃないんだ。涙よ、とまれ!
流れ落ちる涙をこぶしで拭うけど、あとからあとから溢れてくる。胸の奥が引き絞られるように痛くて、そこから湧き出てくるんだ。
「うわあぁあん。ひくっ、えっ、えっ、えぐっ、ひっ、うあぁあん、ひくっ、」
彼は僕のものじゃない。他の人の番 だ。他の人が好きなんだ。
また胸が痛くて苦しくなって涙が零れる。
アレクさんはこんなに近くにいるのに遠い。
時空を超えてもまだまだ遠い。
ヤット メグリアエタノニ
何が?何に?
自分の思考が追いつかない。
ただひたすら悲しい。
「うええぇん。うえぇぇん」
すると、いきなりガバッと抱きしめられた。
「君だよ!君なんだよ!僕の運命の番 は君だよ!」
ボクノウンメイノツガイハキミダヨ
痛いくらいにギュウギュウに抱きしめられ、必死に叫ばれたけど絶望に染まっていた僕には意味が分からなかった。
「うえぇん。ぇええん。ひくっ、ひくっ、うぅう、……、ひくっ、……、ひっ、ひくっ、……」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔をさっきと同じように両手で掬われ、鼻がぶつかるほどの距離で目を覗き込まれる。
「聞こえた?君が僕の番 なんだよ、トモくん」
キミガ ボクノ ツガイダ
君が 僕の 番だ
今度ははっきりと意味を成して伝わった。
「ぅうっ、え、ひくっ、ひくっ、なに、ひくっ、ど、どういう、ひくっ、でも、か、かたっ、ひくっ」
何?どういう意味?
訳が分からず聞き返したいのに嗚咽 としゃっくりが止まらない。
嫌だ、覗き込まないで。今、僕の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになってる。なのにアレクさんの大きな手は僕の顔を包んで離さない。親指の腹や手の甲で涙を拭いている。ああっ、手の甲に鼻水ついた。ばっちい!
「可哀想に、こんなに泣いちゃって。お願いだから泣き止んで」
いやいやしても放してもらえず、だらだら出てくる涙と鼻水ををそのままにしゃくりあげると、アレクさんが感極まったような声をあげた。
「君、そんなに僕のこと想ってくれてるんだね……ああ!番 だ!本当に君、僕の番なんだ!嬉しい!トモくん、可愛い!僕の番 。可愛い!!」
「ぐえっ」
いきなり胸にギュギューっと抱き込まれてカエルが潰れたような声が出た。
「僕にはすぐに分かったよ。君が僕の〈運命の番 〉だって!」
「え、な、なに、ひくっ、フォ、ひくっ、フォル?う、ううっ」
また涙と鼻水が垂れてきた。
「大丈夫だよ。君が心配することは何もない。大丈夫、大丈夫」
デジャブ。
あ。
これ、森の中でアレクさんが繰り返し言ってくれたことだ。
(大丈夫だよ、心配いらないよ)
今と一緒。僕を胸に抱き、そっと優しく、何度も何度も。
急に落ちてきた見知らぬ森。見知らぬ植物に見た事もない喋 る獣達。極度の緊張でずっと眠れず食べ物も受け付けず、不安に泣いていた僕は、この声でやっと安心して眠ったんだ。
あの時にはもうアレクさんが好きだったんだな。
あの暗い森の中、アレクさんの腕の中だけは安全だった。僕を運んでくれた軽やかなギャロップはブランコのようにゆったりと揺れて、一定のリズムを刻む蹄 の音は子守歌だった。僕はすっかり安心して彼の腕の中で微睡 んだ。この時間がいつまでも続いて欲しいと願いながら……
あの時と同じように抱きしめられ、当時の気持ちを思い出して落ち着いてくる。
でもまだしゃっくりは止まらない。
「ひくっ、ひくっ、ううっ、」
「僕の〈運命の番 〉は君だ、トモくん。君は僕に会うためにこの世界に来てくれたんだよ」
「…………え?」
あ。しゃっくり止まった。
え?今なんて?
会うために来た、って言った?
偶然転がり落ちたんじゃないってこと?
僕が呆然と見上げると、アレクさんは甘く蕩ける顔をして僕の涙をキスで拭った。それから顔中に降るキスの嵐。
ちょ、やめて、鼻水まで舐めようとするのやめて!
「驚いた顔も可愛いなあ。どんな顔しても可愛い。僕の番 、君はどうしてそんなに可愛いの」
「え、ええ?ズビッ。待って、ちょっと待って、僕がこっちに来たのは事故じゃないの?フォルトゥナって、え、じゃあ肩のタトゥーは?僕が会った時にはもう出てたよ」
「君と出逢った時だね。あの時は僕の方が君を先に見つけたんだ。見つけた瞬間わかった。この子が僕のフォルトゥナ だって。僕は君を一目見て恋に落ちた。心臓がドクリと跳ねて目も釘付けになったけど、何より肩が熱くなりタトゥーが浮かび上がったのが一番の証拠だったね」
「タトゥーは僕と会うまではなかったの?」
「そうだよ、君が振り向く直前に出たんだよ」
「そんな……」
「でもあの時の君はいきなりこっちに飛ばされて混乱していた。帰りたいと泣いているのに、こっちの番 に引き寄せられたなんて言えなかった。ましてやそれが僕だなんてとても言えない。だからトモくんが落ち着いてから打ち明けようと思った。ごめんね、君は僕がこの世界の住人だからこっちに来ちゃったんだよ」
「!」
そうだったんだ……事故じゃなかった。僕は、アレクさんに会うためにこの世界に……。
ストン、と納得した。
僕は、僕の番 に会うためにこの世界にやってきたんだ。大好きなアレクさんに巡り合うために。
「じゃあ、一つだけ、一つだけ教えて」
「うん。何?何でも聞いて」
「アレクさんは僕の事、す、……す………………………………好き?」
「! 当り前じゃないか!好きだ!大好き!ああ!もう、たまんない。ほんとにどうして君はそんなに!!!」
「ぐえっ!」
潰れたカエル再び。
むぎゅううぅっと抱きしめられ右に左に振られる。その中で僕の頭ではさっきの言葉がリフレインしている。
"好きだ、大好き"
顔が熱い。きっと真っ赤だ。見上げるとアレクさんが笑ってる。優しくて頼りがいがある素敵な獣人 、僕の大好きなケンタウロス。その人が僕のこと、好きだって!
「アレクさん、アレクさん、僕も。僕もあなたのこと好き」
この人が僕の運命の人!
巡り合えた!ようやく巡り合えたよ!
「トモくん!嬉しい!」
「わわっ」
パカッパカッ、パカッパカッ
アレクさんは僕を高く抱きあげ、前脚と後ろ脚を揃えて交互に蹴り上げ、喜びのステップを踏んだ。
ヒヒヒーン……ガンッ!
どこかで鈍い音がしたけどそんなの気にしない。だってアレクさんがこんなに嬉しそう!
僕も嬉しい!アレクさん大好き!!
(うわー!やめろビールが零れる!)
(避難しろ!テーブル誰かそっち持て)
(隊長!やめてください!うわ、あっぶな、ちょ、みんな下がって下がって!)
(ギャーッ、俺のタンドリーチキンが飛んでったー!!)
アレクさんってやっぱりケンタウロスだなあ。ロデオに乗ってるような不規則な動きでガクンガクンしだけど、それも楽しい。
「ふふふふふ」
「あははは。あはははは」
アレクさんは僕の脇に手を差し込んで高い高いをしながらグルグル回った。スピードの早いアトラクションみたいだ。
ガンッ、ガコン
パカッパカッ
(もういいだろ、このバカップル!外でやれー!!)
(隊長〜もうやめてー!いててっ、後ろ足で蹴らないで!!)
好き。大好き。アレクさん大好き。
あなたに巡り合えて本当によかった!
とある異世界で実った僕の恋。
これが恋の始まりで、それからアレクさんと結婚しちゃったり可愛い男の子を産んだり。
その子がアレクパパさんにライバル宣言しちゃったりもするんだけど、それはまた別のお話。
僕はアレクさんと違って速い足はないけど、時空を駆け抜けてきたよ!
神様ありがとう!!僕、この世界で幸せになるね。
僕のフォルトゥナ と一緒に!
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