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第76話

シチューを作っても上の空。 2時間と言って出たクロが気になって仕方ない。 自分だって仕事行くときに、クロを置いて出るのに、随分と勝手な言い分だよな。 「さみしい...な、うん」 テレビもつけずに、独り言を呟く。 「クロのバカ...こんなにオレに匂い付けて置いてくのかよ...」 なんか、胸が苦しくて好きだと言えない自分が苦しい。 「はぁ...好きだよ、クロ」 そう、呟いて鍋を掻き回す。 そう...伝える事がどれだけ怖いかクロは知らない。 まだ、クロは先のある人間だしオレが独占していい人間でもない。 そもそもにプロ野球だぞ!? シーズンに入れば会えなくなるのは確実で、前に寂しいかと... 「寂しいに決まってんだろ、バーカ」 オレが馬鹿なんだよな。 わかってんのに、素直になれないし、その先が怖い。 年下のクロに全て委ねたらオレは、もう生きて行けないかもしれない。 甘えて蕩けて、クロに負担もかけたくない。 正解はどこにあるのか。なにが正解なのか。 「はぁ。わかんねぇや...」 シチューの合間の煮込み時間考えても答えは出ない。 そろそろクロの提示した時間がやってくる。 無理に帰ってこようとすんのかな? アイツならやりかねない。 たったそんな事で、オレの心は浮き足立ってて、早く帰ってこいとシチューを煮込んだ。 けれど、クロは...戻って来なかった。 オレはもう、必要なくなった...そんな虚無感がオレを包んで気持ちが痛い。 「ふっ、何が2時間だよ...」 明け方にその言葉をボヤいて朝焼けを見た。 残酷な迄に日は昇るし、オレの1日も始まる中で、唇を噛み締めて太陽の昇る方角を睨みつけた。 涙が溢れない様に、強くかんだ唇は鉄の味がしたけど、泣いてスッキリとしてしまうのが悔しくて。 クロに依存しないようにと思ってた、前の自分を恨んだ。 何故もっと自制しなかった...何故あんなに抱かれてクロの温もりを、感じてしまったのか。 オレは、もう... 「不要か、廃棄でもいいな...」 クロが戻る可能性などに期待するな。 オレは今まで通り、慰めてくれる人を探せばいい... 幸か不幸か、その日オレの手元には、感染症の疑いなしの手紙が届いた。

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