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第3話
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
【side雪也】
「おはようございます!!」
挨拶して署に入ると黒澤と署長がいて挨拶を返してくれる。
今日は黒澤と2人で当番だ。署長が「黒澤くん、美里くん」と呼んできたので2人で署長席の前に立つと署長は周りに誰もいないのを確認するような仕草をした。そして声を小さくして話しだした。
「実はね、天桜高校の20名くらいが暴力団への勧誘を受けてるんだ。
これは毎年あるんだけどね。
あの高校では暴力団に誘われることが最高の力の見せ所みたいな風習があるんだ。
だからその20名あまりはそれを辞退する気がないようだ。
リーダー、君たちは2人ともあの任務をしたことがあるから知ってるよね、あの金髪くん 彼が天下で警察が一番手出ししにくい<雅妖組>に熱烈な勧誘を受けていると聞いた。
他にも<下北組>やら<更科組>やらから勧誘を受けている生徒もいるらしい。
正直天桜出身の生徒たちがそれらの組に入ったら、
彼ら自身のポテンシャルで我々警察の一番の敵になるだろう。
そんなことは避けたい。
更に現在警察と政府は結託して暴力団追放を掲げている。
だからこそ今不良であろうとも未来ある子どもたちに暴力団になど入ってほしくない。
前もって今日のアポを天桜に取っておいた。
2人で暴力団の勧誘を受けている生徒たちに対して講演をしてきてほしい。
その後個人相談という名の説得してほしいんだ」
言い切った署長の顔からは真剣に子どもたちの将来を考えて案じていることが伺えた。
雪也がこの任務を絶対成功させようと心に決めそっと拳を握りしめた。
黒澤が黙って頭を下げたのでそれに倣って雪也も頭を下げた。
勤務机に戻った2人は一瞬目を交わし合い頷いた。
黒澤は知る由もなかったが雪也の頭の中には美しいあの金髪のリーダーの顔が浮かんでいた。
彼には黒く血塗られた世界に足を踏み入れてほしくない。
彼には光が似合うと雪也は思うのだ。
もう慣れた天桜高校への道をパトカーで進みながら雪也は気合を入れ直した。
運転席の黒澤の顔には直接陽が差し込み雪也からは見えなかった。
校長室のドアをノックすると天桜高校の校長であるかなりのお年寄りが出てきた。
「どうぞどうぞ、おかけになってください。
無理な仕事ばかり押し付けてしまい申し訳ない…」
そう言いながら冷たい緑茶を出してくれた。
儀礼的に雪也も黒澤も一口だけ飲んだ。
黒澤とはタメ語で話す仲だが経歴的にも年齢的にも黒澤の方が先輩である。
従って今話すのは黒澤である。
それを汲んだのか黒澤が署長に言われたとおりのスケジュールを話しだした。
校長は深く深く頭をさげた。
「私では何もできなかった…どうかあの子たちをよろしくお願いします」
了承の意を込めて雪也も頭を下げた。そして立ち上がる。
もう行かなくてはいけない。
彼らが進みかけている誤った道から彼らを連れ戻さなければいけない。
ついこの間講習を行った教室の隣にある多目的室には今回の講演を聞く予定の生徒たちが集まっているようだった。
既に暴力団に入る意思を固めているのか反抗的な態度の生徒もいる。
しかしそれでも反論せずにここにいるということはまた最前列に陣取るリーダーが出席するように言ったのだろう。
今日の雪也は個人相談まで補佐として入る。
講演は黒澤に任せて雪也は生徒たちの横の壁にもたれた。
【side奏音】
今日も今日とて学校に呼び出され何やら講演を聞かなければいけないらしい。
そう通達されていた奏音は怠そうにこの前講習を行った教室の1/15程度しかない小さな多目的室に入った。
今回は屋上に寄り道せずに来たせいか一番乗りである。
いつもの如く最前列に陣取り鞄からヘッドフォンを取り出した。
それをしっかりはめて外音を遮断した。
時間まで誰にも邪魔されずに自分の世界に揺蕩うために。
接続したスマホでお気に入りのボカロを再生した。
集められるメンツからして考えて今回の講演は「暴力団から手を引け」ということだろう。
奏音は入る気が一切なかったが日本一ヤバイと言われている<雅妖組>からの勧誘が激しいので奏音も呼ばれたのだろう。
奏音は考えるのをやめ、目を閉じて再生される音楽に身を任せた。
その美しい時間は「勿論」その後に次々とやってくる生徒たちにぶち壊されることになるのだが。
全員が揃っても講演者が来ないので既に無法地帯と化したこの多目的室で奏音は小さくため息を付いた。
まったくこのバカ共と来たら…自分たちがどんな選択をしているのか気付いていないのだろう。
多分このままいけば何も気づかずに死んでいくだろう。
奏音はここにいるメンバーに何度か「暴力団に入るのをやめろ」と言ってきた。
しかし全員が「リーダーの言うことは絶対だけどこれだけは譲れない」と返してきた。
今日の講演で(恐らく警察官が来るのだろう)彼らが心変わりできなければもう、彼らを止めるのは無理だと思う。
奏音はこの前来た美里雪也という警察官…美里さんしか信用していない。
だからこの講演はどうせ上手く行かないだろう。
自分の仲間が何も知らず何も気づかず生きていくのを見たくない奏音としては美里さんが来るのを願うばかりだった。
がらっとドアがあいたのをヘッドフォンで塞がれた耳の代わりに気配で感じ取った奏音は目を開けた、そしてその目を大きく見開いた。
美里さんがいた。
暗い紫色の髪をしたチャラそうな警察官の後ろに控えている美里さんを見た時奏音は初めてこの講演はうまくいくかもしれないと期待した。
しかし、どうやらチャラ男風が先輩らしくチャラ男風が教卓に立ち、美里さんは横の壁にもたれてしまった。
チャラ男風の顔立ちは悪くはないがどこか信用できない顔をしている。
人を顔で判断するのは良くないが性格はどうしても顔に出る。
奏音はそのチャラ男風に不信感を募らせながらも顔には一切出さずに無表情で前を見続けた。
チャラ男風が教卓に立ったことで一切興味を失った奏音はこれ見よがしに大きなため息をついて、ヘッドフォンをした。
この学校ではリーダーの行動が全生徒の行動に影響する。
つまり。
リーダーである奏音が「聞かない姿勢」を作ったということは…それすなわち「聞かなくていい」ということだ。
たちまちざわめきが広がる。天桜程の不良校ともなれば20名弱もいれば相当なうるささになる。
チャラ男風は気を悪くしたようで顔が歪んでいる。
ちらりと美里さんを見ると特に怒るでもなく逆に少し面白がっているような苦笑をしている。
これは大丈夫だと確信して奏音は少しふんぞり返って背もたれにもたれ、目を閉じた。
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