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第66話

2人だけのフルコースは、傍らで調理されていくシェフの手際を横目に、まったりとした会話に終始した。 「うめぇ~、うめぇなぁマジでこんなの食ったことねぇよ~もぉ」 「随分大げさじゃねぇか、確かに美味いけどな」 「お前みたいに良いもんばっか食ってるんじゃねぇからな」 「俺だってフルコースばっかり食べてるわけじゃないぜ。たまにはハンバーガーも食うさ」 「へー、意外だな」 上品さのカケラもない俺にも丁寧に接してくれる。少しくらいちゃんとしようかなって気になる。軽く咳払いして背筋を伸ばすと、もう腹一杯か?なんて言われたけど。 全部で8品。デザートを食べ終え、紅茶が運ばれてくる。ふんわりと、癖のある甘い香りがした。 「ん、なんか匂いが個性的な……」 ふと口に出すと、彼も同じことを思っていたようで 「これってもしかして」 と口を開く。 割って入って来たのはシェフだった。 「まぁいいじゃないの、ね? 美味しく淹れたんだから飲んで?」 あまり聞かれたくないみたいな口ぶりでひっかかったけど、彼の方は大して気にした様子もなかったから、つられて飲んでしまった。 癖のある香りをそのまま溶かしたような甘い紅茶だった。甘いのはあまり得意な方ではないけど、嫌いな味ではない。 一口サイズの焼き菓子もペロッと平らげると、さすがにもう腹一杯で、そのままソファに横になってしまいたい気分だった。 「どう? 美味しかった?」 いつもは感想なんか聞きに来ないシェフが、少しもじもじしながら尋ねてくる。 「そりゃあ美味いに決まってるだろ、文句なしさ」 「うん、もー本当に美味かった。日本帰りたくねぇよ」 口々に感想を述べると、彼は満足そうに、いつもより割り増しの笑顔を向けて来た。 その真意がわかったのは、その日の夜、三日月の浮かぶ真夜中のことだった。

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