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第70話
「ダメそうだったら、適当にほっといてもらっていいから」
笑いながら言うと、そんなことしないと言い返される。
「また一から手首にキスしてやるさ」
期待通りの答えだった。
近い距離で少し見つめあってから、ゆっくりとキスを交わす。
軽いキスを何度も何度も。ちゅっ、ちゅっ、と弾ける音が心地いい。
体がもっと熱くなってくる。しがみつくように抱きつくと、彼は笑った。
「紅茶を飲んだせいじゃないか?」
「紅茶?」
俺の中ではまるでピントの合わない話題で、軽く首をかしげる。
知らないか、と彼は笑った。
「甘い匂いがしただろう、アレはイランイランの匂いだ」
「何それ、アロマオイルみたいの?」
「まぁ、アロマオイルにもあるし、香水にもあるし、食事の香りづけに取り入れることもある」
彼は本当に何でも知っている。
「イランイランの花は、東南アジアのある国じゃ、ベッドの上に散らすもんなのさ。新婚夫婦の初夜のベッドの上にな」
そういうと、いつになくいやらしくニヤリと笑った。
「初夜っ?」
その表情から、言わんとしていることがすぐにわかって、顔が熱くなった。
(シェフめ……)
要するに、催淫効果ってことだろう。
シェフがお茶目に笑う顔が目に浮かぶ。
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