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Ⅰ【荒城の月】 第9話

「……帥。統帥!」 アキヒトの声にハッとする。 「すみません。調子に乗って俺、変な事言って」 「違うぞ、アキヒト」 お前のお蔭で、新たな境地を(ひら)く事ができたのだ。 謀略と策略を巡らせる事に長けた頭脳は、更に一つ、高みへ上った。 「礼を言うのは俺の方だ」 迷いは晴れた。 月光が照らす、この湖面のように。 さざ波が映す空が瑞々しい。 「安心しろ、お前のモノは一滴残さず飲んでやる」 刹那。 ぎゅうぅぅー (うぅ) 痛い。 「………ア、キ……ヒト」 俺より背も高くて、体格もよくて、力も強いんだからっ。 「くるし……いッ」 「すみませんっ、統帥。嬉しくって」 ………俺はアキヒトを喜ばせるような事を、なにか言ったか? 腕の力は緩めてくれたが、俺はまだアキヒトの胸に顔をうずめている。 「幸せな『番』になりましょう」 ………………………………え どうして、そんな話になってるんだ? 「俺はお前のプロポーズをオッケ」 「オッケーですよね!飲んでくれるんだから」 「……………………そうなのか?」 話が全く見えなくなった。 琵琶湖の湖水は、こんなにも澄んでいるのに。 「俺に聞かないでください」 「……そうだな」 こいつのそばにいると、あたたかい…… パイロットスーツでは、体温を感じる事はできないのだが。 聞こえる鼓動が包んでくれるせいなのだろうか…… (あたたかい) 「……俺、雄の生殖機能が残っていて良かったです」 ぽつり 月に語りかけた声が、苦しかった。 「俺は、Ω型βだから」 ………あぁ、そうだ。 アキヒトが入隊して、しばらくたった時だったろうか。 彼は教えてくれた。 自分の第2性の事を。 名士テンカワ家の末弟として生まれたアキヒトだったが、家格ある家は没落の一途を辿っていた。 αが生まれない αの後継者が誕生しなければ、家格を保持できず、最終的にβとなんら変わらぬ家格に落ちる。 それをよしとしない家長…… アキヒトの父は、アキヒトを……実の子をαに売った。

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