25 / 288

Ⅱ【ローエングリン】 第7話

なにを考えてるんだ! αはッ 《タンホイザー》はα専用機 βを機乗させるなどあり得ない。 (感応性のない機体に乗る事が、肉体と精神にどれだけ負担がかかるか分かってんのかッ) まともに操縦できる訳がない。 自殺行為だ。 最初から、捨て石にする気だったのか。 Ω型βを おそらく…… 《タンホイザー》に機乗するΩ型βは、アキヒトと同じ経験を持っている。 ……Ω型転換の被検体だ。 現在では法律で全面禁止されているが。数年前までは合法化されていた、第2性転換。 アキヒトのように、何らかの事情を持ったβが、実験段階の医療行為の犠牲になった。 そして。 言いくるめられたのだろう。 αにッ 第2性転換の施術を受けたβは、臨床試験の途上。もしくは法律で第2性転換が禁止された後、薬を抜く際に、放精機能を失った者が多いと聞く。 生殖機能が残ったアキヒトの事例が、特殊なのだ。 Ωになれず、βにも戻れなかった体を…… (α共は利用した) βの生殖機能を取り戻す……とでも約束したのだろう。 この戦争に協力し《タンホイザー》に乗って、Ωを落とせば、 元の体に戻す、と。 できもしない約束をして。 嘘をつく誠実な顔の裏で、ほくそ笑む…… 無茶苦茶にしておいて。 「どこまで腐ってんだッ!!お前たちはァァァーッ!!」 柘榴の四枚羽が回転する。 ビームが《タンホイザー》のサーベルを砕く。 だが。《タンホイザー》は攻撃をやめない。 死んだら終わりだから…… 元のβに戻るという幻想すら、死ねば(つい)える。 生きれば、幻想の虚構に気づき、絶望するだろうに。 虚構に手を伸ばし、生きるために戦う。 「アキヒト!」 卓越したパイロットセンスが《タンホイザー》の感応性に気づいてしまった。 同じΩ型βが、俺には分からない何かを嗅ぎつけたのか。 《憾》の動きが鈍い。 (お前の気持ちは分かる) だが、アキヒト。 落とさなければ、落とされるぞ! 死に物狂いで活路を切り開く意志に打ち勝てるのは『生』への執着だけだ。 中途半端な情けは、己が死を招く。 (ここは戦場なんだ) 「アキヒト、投降を呼びかけろ」 応じてくれればいいが。 同じβのアキヒトならば……と、微かな希望を抱く。 「俺たちの敵はαだ。βに危害は加えない」 ……ツッ 暫(しば)しの沈黙の後、無線が光った。 『ダメですッ。ノイズが邪魔して通信できません』 先手を打たれた。 こうした事態を想定し、αの無能が予(あらかじ)め通信を《タンホイザー》だけ繋がるよう細工したのだ。 裏切りを防ぐために。 グォオンッ 黒い機影が火花を上げた。 エンジンが不協和音を奏でる。 前後左右 六体の《タンホイザー》に《憾》が囲まれた。 「なにをしている!アキヒトッ」 無線に怒鳴る。 「落とせ!落とさなければ死ぬぞ!」 俺の声を聞け! お前は俺の騎士(ナイト)! 俺の(つるぎ)だろう!! 《憾》が動かない。 クソッ 「俺たちは、こんな事のために戦争してるんじゃないんだァァァアーッ!!」 柘榴の羽が光を放つ。 光が装甲を貫く。 黒い鎧を撃ち抜く。 ある機体は、胴を ある機体は、胸を ある機体は、腰と頭を 脚を、腕を、首を、肩を、心臓を 撃ち抜かれて、《タンホイザー》が()ちていく……… ………………俺たちは、 なんのために殺し合っているんだ……………

ともだちにシェアしよう!