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Ⅱ【ローエングリン】 第17話
鼓動が苦しい。
不規則な呼吸で体が震える。
通信スイッチの上で固まった指が、凍りつく。
俺は………
聲 に怯 えている
知らない!
お前なんか!
(どうして俺がαを知ってるんだ)
そんな事あり得ない。
通信ランプが怖い。
お願いだ。光らないでくれ。
『…………ナツキ?』
鼓動を潰されるかの痛みが貫いた。
聲が怖い。
こんな奴、俺は知らない。
なのに。
記憶が頭 を振る。
「………………ユ、キ…ト」
その名前だけ。
なぜ、分かるんだ………
無線が光った。
『そうだよ、ユキトだ。ナツキ、顔が見たい』
喉の奥から熱い何かが込み上げてくる。
押し潰される。
息ができない。
助けてくれ……
(助けて……アキヒト……)
ガギィィーッ
紅いキャノンの銃口が、白い機体を捕らえた。
ツッ
無線が光る。
『撃ちますよ、統帥』
《憾》のキャノンが《ローエングリン》に照準を合わせた。
『威嚇射撃です。……αがなめた真似をッ』
光が凝集する。
銃口に緋の明かりが灯る。
微細な振動が鼓膜を震わせた。
「撃つな!」
無線を叩いたのは反射的だ。
『しかし、統帥!』
「無抵抗な者への発砲は許さん。相手がαであってもだ」
無線の向こうで、不満げなアキヒトが見てとれる。
お前の気持ちは分かるし、有難いと思っている。
(俺を庇 ってくれたのだろう)
お前の気持ちは、痛いほど嬉しい。
(お前に、俺は救われた……)
だけど。
俺は、銀の叛逆者
戦争の責任者だ。
常に、正しい判断を用いる事を求められる立場なのだ。
Ω解放軍 統帥であるがゆえに。
『統帥!』
「引け、アキヒト」
キャノンの火が沈む。
これは交渉だ。
只の交渉に過ぎない。
「交渉という盤上で……」
ディスプレイが文字を照らす。
最後のボタンを指が押した。
小さくコクピットが軋 んだ。
「俺が勝てばいいだけだ」
藍色の風が髪を撫でた。
解放されたブース
正面に、白い機体が見える。
同じく解放されたブースの中に、あの男が座っている。
ヘルメットで顔は見えない。
ユキト………
お前は誰なんだ?
夜空に浮かぶ月蔭 が、白い闇を落とす。
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