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Ⅱ【ローエングリン】 第18話

夜は来ない。 夜陰に包まれても。 これは夜じゃない。 本当の夜ならば、隠してくれるはずだ。 全部 なにもかも なのにっ。 (俺は……) 感情が隠せない。 こんなにも、気持ちの脈が乱れている。 打ち寄せる鼓動に、息が止まりそうだ。 喉を締めつけて苦しい。 (知らない筈のα) なのに、俺はお前を知っているッ。 どうしてッ。 何かが壊れそうだ…… これまでの俺が、砕けていく……… それでも、俺は……… 自動操縦に切り替えた《ローエングリン》から、彼は立ち上がった。 腕を伸ばした機体の先端。 《ローエングリン》の指の先まで歩いてくる。 俺から、一番よく見える位置 彼から、俺が最もよく見える位置へ (お前と向き合わなければならないのか?) 仮面の下で、唇が凍えている。 歩みを止める事ができない。 俺とお前は、出逢ってしまったのだから 「止まれ」 《憾》のコクピットが開いた。 「統帥に近づくな」 「アキヒトッ」 銃口が、白い機体の腕に立つ男を捕らえる。 「無抵抗な者を撃つな!」 「奴はαです。何を企んでいるか分からない」 「銃を下ろせッ」 「構わない」 不意に風がさらった。 「俺は敵だ。行動に危険を感じれば撃てばいい」 ヘルメットの下で、(こえ)が応える。 「貴様に言われずとも、そのつもりだ」 カキィンッ 銃弾が、装甲を弾いた。 「止まれと命じた筈だ。次は心臓を撃つ」 「その要求は受け入れない。俺はナツキに近づきたい」 「貴様ァッ!」 「アキヒト!」 寸でのところで制した。 「俺を信じろ。これは単なる交渉だ」 コクピットのシートから立ち上がる。 「Ω解放軍 統帥 ヒダカ ナツキ」 空に(ひるがえ)った月が、湖水を刺した。 「お前たちの云う、シルバーリベリオンだ」 黒く深い波の闇に、月象(げっしょう)が落ちる。 「α、お前の要求を聞こう」 湖面がさざめいた。 「α-大日本防衛軍 一尉(いちい) シキ ユキト」 クラリ 名前が聞こえた刹那に目の前が回転したが、どうにか踏みとどまる。 いま、倒れる訳にはいかない。 「………ナツキ」 ヘルメットの下で、小さく呼ばれた。 こんな些細な体の変化まで気づくのか。 (何者なんだ、お前は) 「Ω解放軍 統帥、我が軍に投降していただきたい」 「拒否する。先程も伝えた筈だ」 だが。 それなのに…… おもむろに ヘルメットを脱ぎ捨てた。 黒髪が空に舞い上がった。 月へ……… ドキンッ 心音が跳ねる。 俺の鼓動は掴まれた。 曇りのない、眼。 意志を貫くブラックダイヤの瞳に…… 「お前を守るよ」 その手が……… 「なにがあろうと、もう離しはしない」 俺に向かって、伸ばされる。 「α兵士ではなく、ユキトとして俺を見てくれ」 その手を………… ユキトは敵だ。 αだ。 顔を見たけれど、思い出せない。 こんな奴、知らない。 なのに、名前だけ覚えている。 なんなんだっ、お前はっ。 他人だろ! αだろ! 敵だろう!! …………………………それなのに どうして、俺は……… ユキトの手をとってしまったんだろう? αの手を アキヒトと騎士の誓いを刻んだ、この右手で……… αなんかの手を 「ナツキ………」 俺を見下ろすのは、白い半月とブラックダイヤ……… 「俺を選んでくれて、ありがとう」

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