37 / 288

Ⅱ【ローエングリン】 第19話

俺は泣いているのか…… ちがう。 鼓動が泣いているように聞こえた。 重なり合った鼓動が、二重奏を奏でている。 夢想曲(トロイメライ)か…… 悲劇(トラジディ)か…… ちがう。 これは只の雑音(ノイズ)だ。 「離せッ」 ユキトの胸を押した。自分から飛び込んだにもかかわらず。 「離さない」 だが、刹那に。 ぎゅっと…… 深く抱きしめられてしまう。 「……そう言っただろ」 息が止まりそうな声が、耳朶に触れた。 (俺だけじゃない) 苦しいのは。 (お前も苦しいのか) ユキトを苦しめているのは、俺なのか? けれど。 それでも。 わずかに生じた一瞬の隙に、パイロットスーツから取り出したナイフを、頸動脈にあてがった。 ユキトの首筋に…… そんな行為さえ無駄だと悟る。 動じない瞳が、俺を捕らえて離さない。 ユキトは離してくれない。 闇色のダイヤが射貫(いぬ)く。 刺しても構わない、と…… (俺はお前に、なにをした?) どうして、そこまで俺に(こだわ)る? 「俺はお前が分からないんだッ!!」 月明かりに輝く切っ先を、己が喉元にあてがった。 「離せッ、離さないなら刺す」 刃が頸動脈をなぞる。 「ナツキっ……」 声が震えていた。 鼓動が……… 重なった鼓動が不規則に打ちつけた。 「……記憶操作されているのか」 体温が離れる。 腕の戒めが緩んだ瞬間、立ち上がって、ユキトから距離をとる。 「動くな」 背後に殺気を感じた。 照準を合わせた銃口が狙っている。 「……武器を、捨ててください」 紅い機影 《憾》に立つ、彼の(こえ) アキヒト 「あなたを反逆罪で告訴します」

ともだちにシェアしよう!