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Ⅱ【ローエングリン】 第20話
銀の煌 めきが深淵に溶ける。
ナイフは音もなく、湖水の底に途絶えた。
「振り返って……そう…こちらに歩いて来てください」
アキヒトの構える銃が、俺を捕らえている。
「貴様は動くなッ!」
背 で気配を感じた。
俺を止めようと、ユキトが駆け走ろうとしたのか。
「撃つなッ」
カキュゥーンッ
銃弾が数センチ後ろの装甲で跳ねた。
「今のあなたに命令権はありません」
二度目の銃声が月下に轟く。
「α、次に妙な真似を起こせば殺す」
「アキヒトっ」
銃口が俺に向いた。
「あなたは俺の元に。早くッ!」
チラリ、と……
刹那に顧みた。
黒いダイヤの双眸が、俺を……
離さずに
静かに、見つめている。
《ローエングリン》の指の先端から《憾》に飛び移る。
アキヒトの腕が、俺を抱き止めた。
きつく
激しく
切なく……
右手に銃を握ったままで。
「あなたは敵であるαの元に走った。統帥という立場でありながら、これはΩ解放軍への裏切り行為にほかならない。
あなたは軍事法廷にかけられる」
……見過ごす事はできません。
絞り出した声が、冷えた空気を打ち震わせた。
「けれどっ、今なら何とかできます!」
耳元に注ぐ吐息が訴えた。
「統帥はαにナイフを向けました。その状況を利用すれば……敢えてαの懐に飛び込み、統帥はαを殺害しようと試みた。
これで全部、説明できます」
「なにをっ」
「あなたはΩ解放軍 統帥です。あなたの元に我々は集った。あなたであるからこそ、命を預けているのです」
だから
「あなたは、Ω解放軍を指揮する責任がある。これからも軍を導く義務がある。
どうか、逃げないでください。俺たちと共に戦ってください」
拳銃を握る右手で体を抱 いたまま……
左手が、仮面の頬を撫でた。
「何をするっ」
「動かないでください」
頬を撫でた左手が、ゆっくりと……
「我が軍は動揺しています。軍事の頂きに立つ統帥がαに走ったのですから、当然です。
動揺は言葉のみの説明では、もう鎮まりません」
指が、仮面の首近くをなぞった。
「アキヒト……なにを考えているっ?」
「俺に、誓いの口づけを与えてください」
右手の甲を、そっと掲げた。が……
「そこではなくッ」
琥珀の玲瓏が串刺した。
「αの手を取ったあなたの右手なんて、誰も信じません」
痛いくらい、きつく。
右手を握られ封じられた。
「仮面を脱いで、俺に口づけを……」
……………………アキヒト?
「素顔で口づけて、俺があなたの『番 』であると宣言してください」
「なに言ってッ」
「俺は正気です。皆を納得させるには、この方法以外あり得ません」
βである俺を『番』に選んだなら、統帥の行動を誰も裏切りだとは思わない。
「『番』となった上で……」
俺は…………
月明かりの純白に、琥珀色の蜜がドロリと垂れる。
押し寄せる感情の波が、琥珀の双眸を介して俺に雪崩 れ込む。
「αを撃ち殺します」
「馬鹿な事を言うなッ!」
そんな事をすれば、お前はッ
「無抵抗な者を撃った軍人として、生涯汚名を着るのだぞ!」
「構いません」
それで、あなたを守れるならば。
「俺はあなたの騎士 です。なにがあろうとも、あなたを守る。あなたの剣 となった俺の役目です」
「認めん!こんな事をさせるために、お前を騎士にしたんじゃない。
自分の身の振り方は、俺が決める」
「俺をッ」
鼓動が軋んだ………
「置いていかないでください」
熱が俺を苛む。
強く、熱く、強く
熱に殺されてしまいそうなくらい。
腕の中で………
俺に降る吐息が、熱を孕んでうめいた。
………………どんな手段を用いても。
「あなたを奪って、俺のものにします」
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