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Ⅲ【トリスタン】 第7話

「……α、聞いてやる。統帥はどうなっている」 双眼の奥に冷たい火を宿す。 「発情期だ」 「馬鹿なっ。抑制剤を飲んでいる。あり得ない」 ハァハアハァッ 荒い呼吸を紡ぐ統帥…… 顔を上気させて、目元を潤ませる。 (誘っているとしか思えない) こんなに淫らなあなたを見た事がない。 発情期……というのも、このような統帥を目の当たりにしては、うなずくよりほかない。 (しかし) Ωに三ヶ月に一度訪れる発情期は、性的衝動が強くなり、理性を失い、性行為以外の日常生活が送れなくなる症状だ。 発情期は約一週間続く。 受精して、子を身籠るための準備期間であり、Ωにとって当然の生理的な現象なのだが、強すぎる性衝動を殊の外、統帥は嫌っている。 (統帥が薬を飲み忘れるとは考えにくい) では、どうして急に (発情期が発症したんだ?) 「ナツキ、前に発情期が来たのはいつだ?」 「……そんなのっ、知ら…ない」 「知らない事ないだろう?ナツキは第二次性徴は済んでるんだから。前の発情期はいつだったんだ?」 紙一重で理性を保ちながら……それでも上下にこすり付ける腰は止められずに、統帥が(かぶり)を振った。 「まさかっ、ナツキ!発情期をずっと抑えてきたのかっ」 「俺に、こんなもの……必要な…いっ」 「馬鹿な事をッ!」 鋭利な双球が、ギリッと俺を()めつける。 「こんな無茶をッ、なぜナツキにさせてきたッ!」 「貴様に言われる筋合いはない」 途端、首元を掴まれる。 「発情期を抑え続けるには、より強い抑制剤が必要になる。 ナツキはキツイ薬を飲み続けて、発情期を発散もせず、ずっと体に溜め込んいるんだぞ。 どれだけ体に負担をかけているか……そんな事も、お前は知らないのかッ」 「それはッ」 首にかけられた奴の手を掴んだ。 ………………知らなかった。 薬 それを飲み続ける、統帥の体への負荷 なにも、知らなかった 「統帥の意志を尊重しただけだ」 そう応えるのが、精一杯だった。 「お前はッ、ナツキの事を何も考えていない。 意志を尊重するよりも、ナツキの体を一番に思って、薬の服用を止めるのが親衛隊の務めだろう!」 知っていたら止めていた! しかし。 それをα如きに言う事はできない。 「統帥は一般のΩとは違う」 Ω解放軍を導く統帥なのだ。 「立場がどうしたッ。軍事の頂きに立つ前に、ナツキはひとりの人間だ!」 分かっている! そんな事、お前に言われたくない! 主張は正しい。 薬の事も、発情期の事も、分かっていたら統帥を止めていた。 しかし、正論だろうが引き下がれない。 (お前がαだから) お前が何をどんなに主張しようとも、統帥は渡さない。 「……ユキト。アキヒトを責めるな」 「統帥っ」 体すら起こせずに、俺の腕の中で汗ばんだ首をゆるく振る。 「全部……俺が決めた事だ。Ω解放軍 統帥が発情期を理由に、一週間も戦線を離れる訳には…いかない。 アキヒトは、悪くない。アキヒトを…責めるな」 ぎゅっと、体を抱きしめた。 腕も胸も、頬も首も、全部熱い。発情期の熱に侵されている。 「ぅハゥん……アキヒトぉ」 理性と性の情動とのせめぎ合いの狭間で、腕の中、濡れた声を漏らした統帥がたまらなく愛しい。 「統帥……もう我慢しないでください」 俺が………… 着衣の下の可愛らしく昂った雌しべを握って、上下にこすると、甘い嬌声をくぐもらせた。 「膨れ上がった欲望の熱、解放してあげます」 熱に浮かされた統帥の元に、αが跪いた。 「……ユキト?」 薄く瞼を開けて、潤んだ瞳に憎いαを映す。 「恐らくナツキが急に発情期を迎えたのは、俺のせいだ」 髪を一筋すくって、唇を落とした。 「今までαのいない環境で、俺と接触したから」 αとΩは引き合う 「ナツキの体に発情期が訪れた」 ハラリと指からこぼれた黒髪…… 首筋に噛みついて、小さな赤い針の痕を落とす。 チリっと、熱く口づけて……… 「俺が癒やしてあげるよ」 ナツキ………………

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