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Ⅳ【捌里】第5話

ジジッ、ジジジィー 聞こえるのはノイズだけ 真っ黒のモニターに外は映らない。 『統帥。30度上昇しつつ、9時の方角に後退してください。離脱します』 「しかしっ」 戦場を離れれば《トリスタン》はどうなるッ 『俺が誘導します。α占領地の三重県に上陸するのは危険です。 距離はありますが一旦、紀伊大島まで下がり、和歌山県側から滋賀県に戻りましょう』 「しかしっ」 『まだ、未練があるんですかッ!』 あいつは……… 『シキ ユキトはあなたを裏切ったんです!』 ガガグガァンッ 軋む機体が揺れた。 ………ツッ ランプが光った。 『……………………ナツキ』 無線の信号は、α-ジェネラル《ローエングリン》 『逃げろ』 「どういう事だっ」 裏切ったお前が、どうしてっ。 そんな事を言うんだッ。 『俺は、この作戦の実行部隊じゃない。目付(めつけ)として部隊に同行し、作戦の実行を見届けるのが俺の役目だ』 だが…… 『Ω融和派の俺は、強行派のマルクに(うと)まれている。奴らは戦闘のドサクサで俺共々ナツキ達を消す気だ』 「そんなッ」 どこまで……… 『まだ間に合う!早く、ここから離脱しろ!』 どこまでっ……… 「腐ってるんだァァァーッ!」 α共ッ! ガトリングを下方に射出する。 こんな火力で空母は沈まない。 お前を残して離脱できるものか。 「ユキト、お前も一緒に」 『無理だ。俺が(オトリ)になって時間を稼ぐ。マルクの砲撃は俺が受ける』 砲撃の風圧が機体を揺らす。 ユキトッ お前は、俺の盾になってくれているのか レーダーの《ローエングリン》が《捌里》に覆い被さるように。 ……光が点滅している。 …………お前もαに騙されて それでも それなのに αに刃を向けるよりも、俺を守る道を選んでくれたのか 「どうしてっ!」 砲撃音が撃ち響く。 雨音を掻き消す。 『統帥、離脱指示を!あなたに万一の事があったら、俺達Ω解放軍はどうなるんですかッ』 「………離脱はできない」 『統帥!』 「いま離れたらッ」 ユキトを見捨てたら…… 「αと同じだ!」 ガトリングを撃つ。 こんなもの、子供騙しにしかなりはしないのに。 ツッ 無線を弾いた。 「アキヒト……お前だけ離脱しろ」 『できません!』 「命令だッ!」 『統帥!』 「今から、お前がΩ解放軍統帥だ」 アキヒト! 「俺を信じろ!!」 叫ぶ。 震える手で、通信ランプの光を包みながら。 「必ず帰る」 だから、アキヒト……… 「俺を信じてくれ、テンカワ アキヒト統帥!」 右眼に、そっと手を当てた。 アキヒトが巻いてくれた包帯に…… 「………頼む」 『………………分かりました』 通信ランプが光った。 『あなたを信じます』 約束、ですよ 『必ず帰ってきてください。 ……《憾》離脱します!』 レーダーの《憾》の光が離れていく。 これで、いいんだ…… (時間を稼ぐ!) 必ず無事に滋賀県へ戻れ。 ツッ 無線が光った。 『ナツキっ、早くお前も!』 右眼の包帯から手を下ろした。 ………………ユキト 「…………俺と心中してくれ」

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