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Ⅳ【捌里】第11話

俺達の腕が、羽だったらよかったのに もしも羽なら、暖め合える…… お互いの体を抱きしめ合って 鼓動を抱きしめ合って 二人の体を、羽の中で休められるのに…… 傷つけ合う心を重ねて、 それでも俺達は明日を迎えなければならない。 光の届かない海の底で 俺達は、互いの体を抱きしめ合った。 唇を重ねて、 離れて、また重ねて、 何度も何度も 唇を(ついば)む。 繋がらない時を埋めるように 唇を重ねた…… そうして何度目かのキスの後、静寂に声は返った。 「マルクに帰還する」 「何を言っているっ」 今、最も優先すべきは、 「ユキト、お前自身の身の安全だ」 戦闘に乗じて、俺達ごとお前を抹殺しようとしたのだぞ。 「帰るな。お前は俺が受け入れる」 「……ナツキ」 「アキヒトもΩ解放軍も、俺が説得する」 「俺はαなんだ。ナツキの立場が悪くなる」 「構うものかッ!」 分かってはくれないだろう…… アキヒトも、Ωの皆も、αへの恨みは根深い。 「統帥権限を行使する。俺の命令は絶対遵守だ」 「統帥職を剥奪されるぞ。α内通の容疑で軍事法廷にかけられるかも知れない」 「リスクは承知の上だ。それでも、お前の居場所は俺がつくる」 この方法が…… 「最善の策だ」 ユキトは応えない。 どうして応えないんだっ。 お前の居場所はもう、あの戦艦にはないんだぞ。 《ローエングリン》のデュナミスは、マルク漕底に命中した。 しかし致命打ではない。 間もなくすれば、艦内の混乱も終息するだろう。 それまでに、この海域から《ローエングリン》で離脱する。 この策こそ……最善の 「最善の策は、最良の策ではない」 「ユキトっ」 「《トリスタン》はどうするんだ?」 「それはっ」 ユキトと共にΩ解放軍に戻れば《トリスタン》どころじゃなくなるだろう。 改めて策を講じる猶予はない。 「……Ω解放軍及び民間人を滋賀県から避難させる。俺とアキヒトが出撃して《トリスタン》投下の誘導を図る」 「違うよ、ナツキ。 ナツキは間違ってるよ」 俺の体は、きつく、強く……… 腕の中に抱きしめられた。 「また犠牲になるつもりだろう。 琵琶湖に身を投げた時のように、今度は自分を《トリスタン》の標的にして相討ちを考えているんだろう」 熱い吐息が髪を撫でた。 「……違うか?」 答えられない。 違わないから…… 「ナツキの覚悟、俺に預けてくれないか?」 逞しい体温が、俺の体を包んでいる。 翼のように 「ナツキがいてくれたら生きられる」 否 「生き抜くよ」 ナツキのために 「俺は生きる。 俺がナツキを守るから」 唇が降りてきた。 俺がうなずいたから。 ありがとう…… そう、耳元でささめいて。口づけを交わした。 ………ァウッ 首に疼痛が走った。 喉がッ 熱い。 焼けるようだ。 「……我慢してくれ。これが俺の策だ」 ユキト、お前はなにを? 考えなければならない……のに。 優しい、甘いキスに思考が溶かされていく。

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