90 / 288

Ⅴ【マルク】第15話

「相変わらず兄上は恐ろしい」 「そうかな?弟には優しくしているつもりなんだけどね」 「あなたは、俺の尊敬する兄ですよ」 「理解ある弟で嬉しいよ。私も、お前を理解している。……ゆえに。 私にとっては、お前がそこのΩを選んでいても大差なかったのだがね」 ………私よりもΩを選んでいたら、 「……兄上?」 独房が沈黙する。 「もしも俺がΩを選んでいたら、どうするつもりだったんですか?」 長い静寂の後に、小さな溜め息が聞こえた。 「さぁねぇ。ユキトはどうしていたと思う?」 「……兄上の真意は図りかねます」 「正解だよ、ユキト」 フゥっと微かに笑った吐息が、長い静寂に終わりを告げた。 「先を考えずに話してしまっていたようだ。どうするつもりか……なんて、何も考えてないよ。 気のおけない弟相手だと、おかしな会話になってしまう。すまないね」 (嘘だ) 直感的に脳が警鐘を鳴らした。 (何も考えていない、なんて。……この男は嘘をついた) 考えのない会話じゃない。 ユキトが俺を選んでいたら…… シキ ハルオミは、俺を………… 殺す 違う! そんな単純な図式ではない。 誰でも考えが及ぶ公式を使うなら、俺はこんなにも警戒しない。 この男はもっと…… 得体の知れないものを潜めている。 それを表面に出さないから。 こんなにも俺は怯えているんだ。 (α如きにッ) この俺が、なにを怯えているんだッ ……『なに』なのか……が、分からない。 だから俺はッ 苛立つ心が揺れる。 波打ちうねる焦燥に抗えない。 恐怖の正体が明確ならば、対処ができる。対抗策を取ればいいだけだ。 だが、この場合 不明瞭であるがゆえに。 分からない。 なにもできない。 底知れぬ疑心に囚われていく……果ての見えぬ恐怖なのだ。 終わりという終着点のない恐れ シキ ハルオミ この男が与える畏怖 (αという枠ではない) 人の心理を巧みに翻弄し、操る、この男は………… (かげ)なる闇 黒の支配者 Schwarz(シュヴァルツ) Kaiser(カイザー)だ。 「………お前は、先程から」 鉄格子の向こうから伸びた腕が、ガッと肩を掴んだ。 「兄上にばかり気を向けてッ。なにを考えているッ」 (ユキトッ) 体が……… 強健な両腕で、鉄格子に縫いつけられている。

ともだちにシェアしよう!