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Ⅴ【マルク】第18話

グラスに赤い雫が注がれていく。 「バローロ……と言ったかな。フィレンツ王国が贈ってきたんだが。生憎ワインに(うと)くてね」 黒いボトルから、テーブルのもう一つのグラスにも赤ワインが注がれる。 バローロの異名は「王のワイン」 これがフィレンツ王国から、兄に贈られたという事は、つまり…… (フィレンツ王国が認めている) 兄を、日本の王であると。 (副総理である兄上を、日本を実質上、統治している……) 否。 今後の統治者になるだろうと…… (各国が認識している) 「フィレンツ王国は、神聖プロイセン帝国と軍事条約を結んでいる。 我が国がプロイセンと条約を締結すれば、必然的にフィレンツ王国とも同盟を結ぶ事になるだろう」 フィレンツ王国は、王侯貴族の合議制をとる古い慣習の国家だが、地中海沿岸にまたがり、南ヨーロッパとアナトリア半島・バルカン半島、北アフリカを統べている。 「仲良くしておいて、損はないさ……」 口ずさんで「王のワイン(バ ロ ー ロ)」を置いた。 カラン テーブルの上で、グラスとグラスが鳴った。 「難しい話はここまでだよ。乾杯だ。久し振りに弟と逢えて嬉しいよ」 兄上が透明なグラスに口づける。 「なぁ、ユキト。今夜は兄弟水入らずだ。なんの話をしようか?」 俺も手前のグラスを手にして、一口ワインを飲み干した。 「話……ですか?」 「ユキトは、私に聞きたい事はないのかい?私はたくさんユキトに聞きたいよ。 離れている時間が長い分、こうしてゆっくり話せる時に理解を深めたいからね」 そうだねぇ……と、こめかみに指を突いて、首を(かし)ぐ兄。 「ユキトは好きな子、いるの?」 「…………………………は?」 「そんなに驚く事ないだろう。お前も年頃の男の子なんだから。恋バナだよ。 好きな子、いる?」 興味津々に黒瞳が、俺の顔をのぞき込んでくる。 ………なっ なにを突然、この人はっ! 「そんな人はいませんよ。最前線で戦っているんです。 軍人をしていて、恋はできません」 「…………ふぅーん」 ポンポン 中指が二度、こめかみを叩く。 「ほんとうに?」 「ほんとうです!」 俺は………嘘をついた。

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