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Ⅵ【ファウスト】第1話

警報レベル3 戦艦マルク艦内に、けたたましいアラートが鳴り響く。 「馬鹿なっ」 黒瞳が険しい憂いを帯びた。 「α領海だぞ」 艦はα行政区 静岡県 沼津港に向かっている。 「この海で攻撃を受けるなど有り得ない」 α勢力域でのα戦艦への攻撃 (アキヒトかっ) いや、それはない。アキヒトは俺に無断で決行しない。 アキヒトの俺への忠誠心は、疑う余地はない。 誰だ? 無謀にも、α勢力域でαに攻撃を仕掛けたのは。 否。 これは無謀ではない。 勝機があるからこそ、α勢力域で戦闘を行うのだ。 俺のこの推測が正しければ、艦が危ない。 今すぐ戦闘を回避するか、若しくは殲滅(せんめつ)だ。 早急に、戦いを終息させなければ取り返しのつかない事になるぞ。 (艦は無差別大量殺戮兵器《トリスタン》を登載している) まさか! (戦闘の目的は《トリスタン》かッ) 何者かが《トリスタン》狙っている! きゅっとユキトの手を握った。 「攻撃はΩ解放軍じゃない」 「分かっている。Ωはナツキの命令なしで動く軍ではない。統率の取れた部隊だからこそ、αは苦戦を強いられてきた」 「目的は《トリスタン》だ。《トリスタン》の情報が漏洩している」 「傍受されたか。それとも内通者がいるのか……」 どちらにせよ 「ユキト……俺を牢に戻せ」 「なに言って」 「分かるだろう!」 全部語らずとも、お前なら分かるよな。 「攻撃がΩ解放軍でないと確信しているのは、この艦で俺とお前だけだ」 俺とお前以外のαは全員、この攻撃がΩ解放軍によるものだと考えている。 「お前の身が危険だッ!」 「俺を見くびるなッ。なにを言われようが、お前を離すわけないだろッ」 「冷静になれ!」 Ω解放軍の反撃だと見なされている以上、この戦闘を誘発したのはΩ捕虜の俺だと疑われている。 艦の位置 攻撃体制 武器 布陣 軍事情報をΩに流したのが俺であると思われている状況で、俺を傍に置けば、ユキト。お前にも疑惑の目が向くのは、必定だ。 ただでさえ…… 艦内での立場が悪いのだろう。 俺との戦闘で、お前は仲間に殺されかけている。 付け入られるな! 統帥でない俺が、お前を守れる方法はこれ以外にないんだよ。 「ナツキっ!」 体躯はベッドに縛りつけられた。 ユキトの重みがのし掛かる。 「お前はなにも分かってない!」 体の自由がユキトに奪われる。 「俺は、怖いんだッ」 「だったら俺の言う事を聞け!」 お前を苛む不安も心配も。 「全部、俺が取り除いてやる」 「俺が恐れているのは、お前がいなくなる事だ!」 …………………………ユキト 「俺の前からいなくなるな!」 体が悲鳴を上げる程、きつく…… 両腕が俺を抱きしめた。 「ここはαの艦だ。疑いを向けているお前に、何をするか分からない」 体温を手繰り寄せるように、きつく…… 「俺から離れるな!お前を守れるのは、俺だけだ!」 だから、ナツキ 「俺の不安を取り除いてくれるのなら、俺の傍にいろ。ナツキ!俺の傍にずっといろ」 喉が裂けてしまいそうな想いが、鼓動の奥まで打ち響いた…… 「体を繋ぐよ………」 「……なんで?」 俺を見つめるユキトの目が、切なくて。苦しくて、なのに。 それでも、優しさの虚勢を張っている。 「こうでもしないと、ナツキは俺から離れていってしまうから……」 体を………… 繋いで 束縛して 「俺で、お前に……楔を打ち込むよ」 いきり立つ剛直が、秘された蕾にあてがわれた。 猛々しい熱で、前の長細い突起に集まった血流が沸騰する。 こんな時にっ。 アラートが止まない。 警報音がけたたましく鳴り響く室内で、興奮しちゃいけないのに。 俺は………… 後頭部に腕を差し入れて、肌と肌が触れ合う。 ユキトの腕の中に包まれる。 鼓動が、トクンッ、トクンッ…… ユキトと重なった胸の中で鳴っている。 俺も……… ユキトに繋がれたい。 温もりが、体ごと気持ちを包んでくれる。 俺を……… 「抱いて」 全部、ユキトのものだ。 ユキトのものだから、俺はどこにも行かない。 どこにも、行きたくないんだ。 「……もうメスの顔になってるよ」 指で唇をなぞって、キスを落とした。 刹那 爆発音が轟く。ドアの施錠が焼き切られた。 武装した兵士が雪崩れ込む。 「シキ一尉、Ω捕虜を収監します」 銃口が一斉にベッドを包囲する。 「捕虜の引き渡しを勧告します」 「なにを勝手なッ。無礼だろう!」 俺を背中に庇うユキトに、機銃を構えた。 「拒否すれば反逆罪とみなします。上からの命令です」 「命令だと?本艦が攻撃を受けているこの非常時にッ」 黒い銃口を睨む。 「命令に従ってください。シキ一尉」 取り囲む銃口が迫る。 「『火急的速やかに、Ω捕虜を銃殺せよ』との処断が下りました」

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