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Ⅵ【ファウスト】第5話

ズダダダダダダーッ 光の乱射が沈黙を裂いた。 藍色の空に向けて 機銃の銃声が、虚空に放たれる。 (殺させない!) ここに連れてきて、すぐに俺の脚を撃たなかったのは誤算だったな。 (あのαは殺させない) 革ベルトで縛られていない、唯一自由のきく足で、機銃ごと兵士を蹴る。 (俺の推察が正しければ、あのαは……) 機銃の掃討音を、拳銃の銃声が撃ち砕く。 その男は…… 「お前達には味方を撃つ覚悟があるか」 α兵士を盾にした。 俺が兵士を蹴り飛ばし、鳴り響く機銃の銃声に紛れて。 意識のない部隊長の体を盾にとった。 「卑怯と思うか?」 クスリ 鼻先で笑う。 「正解だよ。私は卑怯だ。 卑怯と罵られる覚悟がある。 卑怯に正当性を持たせる力がある」 覚悟を持たねばならない。 なぜならば…… 「日本国 副総理を名乗る者だからだ」 部隊長の体を盾にして、機銃を構えて群がる兵士達に男が詰め寄る。 「私は卑怯者だ。生き人でも死人でも盾にするよ」 フッ……と口角を吊り上げた。 「覚悟のある者は引き金を引け。 上官共々私を撃ち殺して、不忠の英雄の烙印を押される覚悟のある者は、私の心臓を撃ち抜け!」 空気が氷結した。 「さぁ、どうする。諸君」 戦いの結末は既についていた…… 彼は、兵士の戦闘意欲を闘争本能ごと殺している。 ガチャンッ……ガチャンッ 次々に兵士の手から機銃が滑り落ちていった。 目から傲慢な光は消え失せて、空ろな闇を宿すばかりだ。虚無に飲まれている。 相手の心理を読み、巧みに心理を操って、蔭が囁くかのように自滅に追い込む。 黒の支配者(シュヴァルツ カイザー) シキ ハルオミ 正面の兵士に向かって、部隊長の体を突き飛ばした。 「連れて行け。彼はまだ生きている」 背後からハルオミに撃たれたんじゃなかったのか。 「無益な殺生は嫌いでね。私が撃ったのは麻酔銃だ。 部隊長も含め、君達は全員謹慎だ。私の許可なく君達に命令を下したのは、戦艦マルク司令官の……元提督だね」 力なく兵士が項垂れた。 「私が最高責任者に就任したために、彼はマルクでの威厳を失った。 悲しいね……愚かにも権力の誇示が、Ω捕虜の処刑といった訳か」 冷ややかな視線を手向ける。 「彼の身柄は、既に私の部下が拘束している。更迭は免れない。 しかし君達は、上官に従わざるを得なかった。大人しく私に従うならば、寛大な処置を施そう。……行け」 逃げるように、部隊長を引きずって兵士達が走り去っていく。 「ナツキ……」 声が呼んだ。 俺の名を………… 甘く、ユキトのように。 俺の名前を紡いだ。 ハルオミの唇が……… 「こちらへおいで」 空中を飛び交う敵ジェネラルの死角となる、安全な場所に俺を引き寄せて…… 熱い腕の中に、抱きすくめられた。 膝を折り、俺はハルオミに(いだ)かれる。 「恐い思いをさせてしまったね……」 俺の頭上に降り注いだ声は、真綿の雪のように……解けて消えた。

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