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Ⅵ【ファウスト】第17話

「俺は愛人になるのかな」 ユキトの第一声だった。 「なに言ってッ」 「ナツキが兄上と結婚したのは事実だ。兄の妻の愛人が弟だなんて、背徳すぎるね」 「……そ、そうだな」 俺、悪女……雄だから悪男 それとも悪Ω……になるのか? 「そこは単なる淫乱でいいと思うよ」 黙れ、ユキト! 全然フォローになっとらんわッ お前まで思考を読むな。 「ナツキ、顔に出すぎ」 つん 鼻先を弾かれた。 「そ、そうなのか?」 「気づいてないところが、ナツキだよ」 褒められている気がしないのだが。 ユキトが笑ってくれているから、いっか。 ………………バカだな、俺。 胸の奥が、キュンっとなる。シルバーリベリオンなのに、なにトキメいてるんだっ。 「兄上を撃たないでくれて、ありがとう」 「俺は当たり前の事をしただけでっ」 ……あ。 ユキトの眉…… 感謝の言葉とは裏腹に、眉間に皺が寄っている。 「日本国のためじゃない。微妙な関係だけど俺達、一応兄弟だしさ」 ユキト、辛そうだ。 「仲が悪いって訳じゃないんだ。ただ……俺達にも立場があって。 俺は軍人で、兄上は軍人を統制する文民で副総理だから。本音を言えないっていうか……なんでも話せる関係じゃないかな。 それにあの人、強引なところがあるから」 「うん……」 「嫌いじゃないんだけどね」 「分かってるよ」 「全部じゃないけど、俺には兄上を慕えない部分があって。 だから、ナツキが兄上を慕ってくれたら安心する。俺の埋め合わせを頼むみたいで、心苦しいけど」 「がんばってみる」 お前の願いだから。 「でも、兄上を愛さないでほしい」 ………………ユキトっ 「ナツキへのお願いは、弟として兄上を慕ってほしいという事だけだ。ナツキは……」 掌が髪を撫でた。 瞼を 頬を 「俺だけを愛してくれ」 指が再び瞼を撫でる。 「俺だけを見て」 指先が唇に触れた。 「キスまでなら許す。体は繋がないでくれ」 「それはっ」 「口答えするな。お前は俺のΩだろ」 ブラックダイヤの双眼が鼓動を貫く。 「ナツキは俺を愛してくれるだろ」 「マルクが沼津港に着港するまで、ハルオミさんは陣頭指揮をとらなければならない。 俺と、そんな事する暇なんてないから。ユキトの心配は杞憂だよ」 「その後もだよ」 頬を撫でた手が、クイっと顎を持ち上げた。 「ずっと、ずっと、兄上とは夫婦(めおと)になるな。セックスを拒み続けろ」 「それは……」 不可能だ。 ずっと、だなんて。 俺はハルオミさんの妻なのだから。 「ナツキ……」 優しい声が、髪に降る。 「拒むんだよ」 柔らかな声が、胸を掻きむしる。 「できるね」 首を横に振ろうにも、顎を掴まれていてかなわない。 「………………無理、だ」 絞り出した声は、ユキトに届いたけれど。 気持ちは届かない。 「俺だけじゃ満足できない?そんなに、兄上のデカマラを雄穴に咥えたい? やっぱりナツキは、巨根好きの淫乱Ωだ」 「そうじゃないッ!」 「俺は諦めてないよッ!」 抱きしめられて 首筋を噛まれた。 「俺の子を産んでほしい」 赤い、赤い、花びらの傷痕を刻みつける。 「兄上の子じゃない。ナツキの産んだ俺の子を抱きたい」 ………………ユキト 労るかのような手が、腹の上で弧を描いた。 「兄上とセックスレスで、ナツキが子供を身籠ったら………俺達はどうなるんだろう」 残酷な言葉を運んだユキトの瞳が、哀しみの黒い墨色で揺れている。

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