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Ⅵ【ファウスト】第20話
チリチリ……痛む。
赤い鬱血が、肌に浮かんでいる。
見える場所にも、見えない場所にも。
火の粉が飛んでいるかのように痛い。
服を脱がされて、裸にされて……
首筋、うなじ、胸、脇腹、腕、背中……
股を開かされて内腿にも、幾つも……
全部、ユキトが付けた。
けれど。それ以上、なにもユキトはしなかった。
濡れてビショビショのシャツを着たままで、机に突っ伏している。
呼吸さえ止まってしまったかのように。
ユキトは動かない。
背中にバスタオルを掛けるのが、精一杯だった。
俺を………傷つけたくない。
そう言ったユキトは………俺の代わりに傷ついた。
たくさん、傷ついた。
俺の代わりに……
「……少し席を外す」
お前を傷つけたのは俺だから。
一人になりたいだろう。
それは只の言い訳で。
ユキトが一人になりたいかどうかは、俺には分からない。
気まずい重圧から、俺が逃げたかっただけだ。卑怯な俺は……
「………………どこへ行くの」
微かな声が、俺を繋ぎ止める。
机に伏したままの声が、小さく鳴いた。
「部屋の外にいるだけだよ」
動かないユキトの背中を見つめる。
「じゃあ、ここにいろよ」
「……うん」
それっきり、また会話がなくなった。
ごめん。
……とは言えない。
言刃 はユキトを傷つけるから。
でも、せめて。
手を握る事くらい許してくれるだろうか。
俺は、ここにいるから……
跪いて、冷えた手を包む。
ピクリ……
一瞬だけ震えた手は、それきり反応する事もなく。拒絶する事もなく。
ただただ俺の手に握られている。
「俺は……ジェネラルに乗れない」
どれくらい、こうして時間が過ぎただろうか。
「兄上に聞かされたよ。ナツキと兄上が結婚したのを知って、動揺して……こんな心理状態では無理だから……と戦闘要員から除外された。
だから俺は今、ここにいて……お前を監視してるんだ」
ぽつり、ぽつりと語る。
「不甲斐ないよな。兄上の命令を聞くしかなくて。
お前を守ると言ったクセに、ジェネラルに乗れなくて。守りたいのに……お前を傷つけた」
わずかに瞼を持ち上げて……手首の赤い鬱血の後を指が撫でた。
「心の整理して来た筈なのに……ごめんな」
離れてしまう。
ユキトの手をとっさに掴む。
「俺は臆病なんだッ」
自分の事しか考えてなくて。
お前が心変わりしていたら、どうしようって。
その事ばかりしか頭になくて。
お前の苦しみを、なにも理解していなかった。
分かってなかった。お前が苦しんでいる事を。
「もう、笑うな」
「ナツキ……」
「無理して笑うな」
不意に……
起き上がったユキトの頬に、頬を寄せた。
「俺は、いま目の前にいるユキトが好きなんだ」
冷たい体温を分け合う。
「でも俺は……もう、この感情をどうやって表現すればいいのか分からない」
「お前が泣けないなら、俺が泣くから」
冷たい体温を分け合うんだ。
涙であたためて、お前の中に返そう。
「俺が、お前の代わりに泣くよ」
「俺の……涙なのか」
「そうだよ、お前が泣いてるんだ」
涙の筋に触れた指を、そっと舐めた。
涙をぬぐったユキトの唇が、俺の唇に重なる。
涙の味がするよ……
俺の涙の味は、お前の味だ。
冷たい体温をあたためて、俺の中に温もりが入っていく。
俺達は分け合うんだ。
涙の傷痕を………
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