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Ⅵ【ファウスト】第25話

「東京はどうなるんだ?」 ハルオミさんは、テロリズムに屈しない選択をした。 だが。 都内に、既に爆発物が仕掛けられていたら…… 首都は火の海になる。 「ナツキは兄上の左手を見たか?」 「いや……」 ユキトは、なにを言い出すんだ? しかし、そう言えば交渉を映した画面で、ハルオミさんの左手を見ていない。 「なら問題ない。恐らく兄上は信号を打っている。机の下、膝の上で……モールス信号を打信して首都の軍本部に指示を出している。 民間人及び政府高官の地下シェルターへの非難誘導は始まっている。爆発物処理班も既に動き始めている筈だ」 「早いな」 「あぁ、兄上だからね」 先の先まで見越している。 「残るは……」 「艦内の裏切り者だ」 仮面の犯人は言った。 ハルオミさんに『誰が敵で、誰が味方か分かるまい』……と。 暗殺者は戦艦マルクに潜んでいる。 「……シルバーリベリオンは、テロなど行わない」 我が誇りを踏みにじった仮面の男 お前は死ね! その偽りの仮面を()いで、日本全国に卑劣な顔をさらしてやる! そうして惨めに朽ちろ! 左目の(スミレ)(ほむら)が灯る。 「ナツキっ」 背後でユキトの声が聞こえた。 立ち止まれない。 俺が暗殺者を捕まえる。 そいつは仮面の男と繋がっている。仮面の男の正体に辿り着ける筈だ。 「待て。外は危険だ」 後ろから手首を掴まれた。 クソっ、さすがは軍人だな。俺とは体力が違いすぎる。 鍛えられた脚力のユキトに、走り出してすぐ追いつかれた。 「危険ではない。爆弾を爆発させれば艦が沈む。艦内に爆発物が仕掛けられている可能性は極めて低い」 「しかし無闇に出歩けば、暗殺に巻き込まれる可能性がある」 「その可能性も極めてゼロに近い。……いや。 俺には意図的に、ゼロに近づける事ができるんだよ」 「それは、どういう意味だ?……まさか、お前ッ」 ハッとして、ユキトが見開いた。 「暗殺者が誰なのか……」 「見えているよ。俺には、はっきりと」 ユキト、違和感を感じないか? 俺達はなぜ、戦った? 戦いながら、なぜ突然停戦した? この戦いそのものが、仕組まれていたからだ。 「琵琶湖決戦《トリスタン》投下は、Ω殲滅のための作戦じゃなかった。 滋賀県に《トリスタン》を投下すると見せかけた、受け渡しだったんだよ」 仮面の男との密約だ。 「しかし予期せず、日本国 副総理 ハルオミさんの介入で《トリスタン》受け渡しは頓挫(とんざ)した。 焦っているだろうな、暗殺者となったその男は」 「その男、というのは……」 お前も気づいたようだな。 「牢獄の中だよ」 「戦艦マルク 元 提督」 その通りだ。 奴によって仕組まれた戦場で、予定調和の戦争をしていたんだ。俺達は。 だが、それもここまでだ。 「ユキト、お前にも巻き込まれてもらうぞ」 「今更だよ。どうすればいい。なにがあろうと、ナツキを守るよ」 お前は、ユキト……… 「俺から離れろ」 「……どういう事だッ」 肩を掴んだユキトの手を振り払う。 「実行するのは俺一人。お前は要らない」

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