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Ⅵ【ファウスト】第29話

「どうしたの?」 突然、立ち止まった俺。 いぶかしげな面持ちのユキトが、俺を顧みる 「どこか痛い?」 首を横に降った。 「あいつらに乱暴されたのかッ」 「ちがうっ」 作戦は成功だ。 元 提督と配下は全員捕縛された。 俺は怪我ひとつ負ってない。 そんなんじゃないんだ…… 俺は、お前に聞きたくて…… …………………………俺は、 「ナツキ?」 ユキトの大きな手をぎゅっと握った。 …………………………俺は、 この温もりが、どうか離れないでくれ。 どうか嫌いにならないで……… 「俺は、ユキトの『番』になれないのかっ」 ぎゅっと、ユキトの手を握りしめる。 「俺は、ユキトの『番』に」 「『番』をつくる気はないよ」 ………ユキトが手を握り返してくれない。 大きな手…… 俺の手を握ってくれてはいるけれど。 体温が抜け落ちそうだ。 ……俺の手が凍えているのか。 血の気が失せていく…… 「俺、ナツキと『番』になる気ないから」 俺を映すブラックダイヤの目は穏やかなのに。 なぜ、言葉は残酷なんだ。 ………………変なの。 涙が出るかと思ったのに、なんにも泣けない。 心は悲鳴を上げたけれど。 涙にならない。 苦しくて 苦しくても なにも変わらない時間なんだ。 ユキトが手を繋いでくれて。 俺は、変わりない温もりを握っている。 鼓動は左胸の中で打ちつけて…… まだちょっと、ドキドキしているけれど。 少しすれば、直に落ち着くだろう。 鼓動が時を刻んでいる。 なにも変わらない時間 ユキトの言葉が嘘だったんじゃないか……って、そう感じるくらい時間は穏やかに流れていて…… 答えはとても呆気なくて 哀しみのない時間とは、どうしてこんなに切ないのだろう。 「部屋に戻ろう」 ユキトは秘密の夫で…… でも『番』は望んでない。 深い関係を求めてはいけない人なんだ…… こんなに近くにいるのに、握ってる手が遠い。 俺、どこかでユキトに甘えていた。 自分の全部を望んでくれるって、甘えがあった。 俺の望みが、ユキトの望みである筈ないのに。 俺達はどこまで行ったって、他人の一線は越えられないんだから。 ひとりぼっちの世界に俺はいるんだ。 差し伸べてくれる手の温もりを頼りに歩いてる…… お前の温もりを失いたくないから、これ以上望んじゃいけない…… カツン、カツン、カツ…… ユキトの靴音が止まった。 手の中から、ユキトの指が滑り落ちる。 なぜ? (こた)えは目の前にあった。 ザッ 足をそろえ、ユキトが敬礼する。 俺達の前にいるのは…… 「ハルオミさん……」 ガスマスクの臣下を従えた彼がいる。 「どうして」 作戦決行現場の防火シャッターを開いた事で、現在艦内はフェロモンの吸入を防ぐため、ガスマスク着用が義務付けられている。 「君が心配だった」 肩に下りた手は、俺を抱きしめて…… 唇が重なった。 ハルオミさんのガスマスクで覆われていない唇が、俺の口を塞いでいる。 俺は……… ユキトの目の前で、ハルオミさんにキスされている………

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