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Ⅵ【ファウスト】第31話
「困ったね。私達は新婚なのに」
フッと口の端を上げて笑った吐息が凍る。
「妻を寝取られた間抜けな男を演じる趣味はないよ」
「寝取りませんよ。ナツキが俺を選ぶんです。だって、ナツキは俺に夢中だから」
「聞き捨てならないねぇ」
冷えた眼差しが見据える。
「お前のその自信、奪ってやろうか」
「待て。俺はッ」
ユキトとも……
ハルオミさんとも……
「子供はつくらない」
俺は、Ω解放軍 統帥だ。
「αとの子は成さない」
αは……敵なんだ。
敵だと言って………………俺は逃げている。
また逃げる道を選ぶ。
そうやってユキトを傷つけたのに。
またユキトを傷つけるんだ、俺は……
「ナツキっ」
「おやおや。二人同時に振られたのかな」
「俺は………」
言うよ。
これが、せめてもの誠意だ。
隠さない。
俺が子供を絶対につくれない理由
ユキト。今まで庇 ってくれて、すまなかったな。
俺のせいで苦しい思いをさせたな。
本意ではない冷たい態度をとって、敵だらけのこの戦艦で、α兵士達の目を欺 いてくれた事、感謝する。
お前は十分に俺を守ってくれたよ。
こんな事で、お前を守れるのかどうか、正直分からない。
けれども、もう隠していてはいけないと思うんだ。
………ありがとう、ユキト
この名を聞けば、ハルオミさんは俺をもう……愛さないだろう。
俺は、囚われの捕虜に戻る。
婚姻は解消だ。
いま、明かす。
シュヴァルツ カイザーの前で
俺のほんとうの姿を
俺は、Ω解放軍 統帥
俺が持つのは、銀の頂の名前
αに仇なし、余多のαを屠 ってきた………お前達が最も憎む最大の敵の名だ。
「………………俺は」
唇は塞がれた。
ユキトじゃない。
ユキトの唇が、声を奪ったんじゃない。
(どうしてッ)
俺の唇は………………あの人に塞がれている。
声を殺される。
唇をこじ開け、歯をこじ開けて、侵入した舌が舌を絡め取る。
歯の裏を舐めて、上顎を、舌の裏を舐めて奪われる。吸い取られる。
声も、息も
なにも出ない。
なにも出せない。
………俺は、名前を奪われた。
「シキ ナツキ」
唾液で濡れた唇から聞こえた。
彼に名づけられた俺の……名前
「妻にキスするのは、いけない事かな」
地の底で揺らめくかの光をたたえたサファイアの双玉が、俺の時間を止めてしまった。
俺の名前は、もうない。
俺は、ヒダカ ナツキじゃない。
シルバーリベリオン
その名前を名乗る事すら許されない。
あなたは、なぜ……
俺は、あなたの妻になるしかないのかっ
「君を抱きたい。ナツキ……」
ハルオミさん!
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