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Ⅵ【ファウスト】第36話
「統帥、こっち向いてください」
言われるままにアキヒトの正面に立った。
「襟、曲がってますよ」
「……すまないな」
俺より身長の高いアキヒトに届くように背伸びした。
手を伸ばして、そっと栗色の髪を撫でる。
柔らかいんだな、アキヒトの髪
ワシャワシャワシャ
「統帥~。俺、犬じゃないんですから~」
「そうなのか?」
「ひどいな、もう~」
ワシャワシャワシャ
触り心地が良くて、髪を掻き混ぜる手を止められない。
お前は大きな犬だよ♪
「俺だって反撃しますからね」
チュッ
宣戦布告と同時に、湿った暖かい感触が頬に触れた。
「アキヒト……キスっ」
「飼い主を舐めてるだけですよ、犬らしく♪」
チュッ
今度は左の頬にキスされる。
「神島に《憾》を隠してあります。神島はα行政区 三重県の領有ですが、過疎化による無人島のため支配が及んでいません」
「神島に向かうんだな」
「はい。ボートに到着するまでが勝負です。戦闘を起こせば、マルクの位置が敵に知られますから、脱出すればマルクは追ってこないでしょう」
「いい判断だ」
「ありがとうございます」
ペロリ
「ワっ」
頬っぺた舐められたっ★
「俺、犬ですから♪」
「いい加減、人間に戻れ!」
「最初に統帥が言い出したんですよ」
「それでもだ!」
このワンコは心臓に悪いっ。
「裸で抱き合って口づけを交わしたら、人間に戻れるかも知れません。神島で『潮騒』を聞きながら……」
まさかお前……それをしたいがために舞台を神島に選んだんじゃないだろうな?
誰だったか文豪が同じシチュエーションで書いてたぞ!
大体アキヒト、お前は「裸で抱き合う」まででやめられるのか。
やめられないよな?
難なく、一線越えるだろう!
このワンコは!
躾が必要だ。
ペロペロ
「アキヒトっ、くすぐったい」
「気持ちいい事もできますよ?」
「それはしちゃダメっ」
スポンっ
栗毛の頭にガスマスクを被せた。
これで悪さはできないぞ。
きっと、こんな日常が戻るんだ。
戦争して、
アキヒトが支えてくれて、
時々アキヒトにエッチな事もされる……
戦場に俺が立てたのは、アキヒト……
お前がいつも傍にいてくれたからなんだよ。
お前の真っ直ぐな目に、俺はどんなに助けられたか。
時に無邪気なお前の心に救われていた。
俺は強くあれたんだ。
戦いの中で心を壊す事なく、強くなれたんだ。
俺を信じろ。
なにがあろうとも、俺を信じて疑うな。
お前は我が騎士
我が剣だ。
剣は折れてはならぬ。
俺のために折れるな。
俺のために戦い抜け!
俺がお前を守るから………
絶対に守るから………
俺は、Ω解放軍に戻ってもいいのだろうか?………
ガスマスクを手に取って装着する。
「……アキヒト、まだ聞いてないぞ」
「言わなければなりませんか」
「お前はどうやってα-ジェネラルを手に入れた?」
簡単に奪えるものではない。
「交渉の席で」
「仮面の男かッ」
偽物の仮面が、Ω解放軍の懐柔策に打って出た。
「ふざけた真似をする。よりにもよって、統帥の名を騙るなんて。
交渉場所の神島に相手方の取次役 がやって来ました。《タンホイザー》はそいつから奪ったものです」
「仮面の男は、Ω解放軍を掌握したいのか。それとも協力要請か。どちらだ」
「いえ……」
ガスマスクの下の表情は知れない。
一瞬言い淀んだ後、アキヒトが深く息を吸い込んだ。
「交渉は俺個人に来たものです」
アキヒトだけにッ
Ω解放軍が標的ではない。
どういう事だ?
「俺はあなたの騎士です。統帥、Ω解放軍に戻ったら、すぐに出陣の命令をください。
俺が、仮面の男を討ちます」
「アキヒト……お前……」
仮面の男はαだ。
アキヒトはαを深く恨んでいる。
憎しみがお前を動かしている。
「行きましょう。ボートは槽底ポートです」
ドアを開けた。
外はα兵が行き交っている。
しかし俺達を怪しむ者はいない。
軍服とガスマスクで、俺達はα兵に紛れる事に成功した。
(緊急ボートはあれか)
アキヒトと頷き合う。
ボートは目の前だ。
焦るな。
巡回の体(てい)で乗り込むのが賢明だ。
ボートに向かって踏み出した時
「整列!」
地下槽底ポートに号令が響いた。
「点呼をとる。全員、所属部隊・IDナンバー・氏名を答えろ」
すぐさまアキヒトが懐の拳銃に手を掛けた。
『撃つなッ、数が多い』
声を潜めてアキヒトを制する。
ザッザッザッ
隊列を組み、兵士達が移動する。
『今だ!走れ』
アキヒトに合図する。
人の流れに逆行する。
チャンスは一瞬だ。
今を逃せば、マルク脱出の望みは絶たれる。
ガキュゥーンッ
銃声が谺 した。
銃弾は、俺達を狙ったものではない。
俺達を通り越えて緊急ボートに着弾する。
火花が噴き上がった。
ボートが燃えている。
消火のスプリンクラーが作動して、辺り一帯真っ白い濃霧に包まれた。
「行かせない」
背後
銃を構えた声が聞こえた……
………………ユキトっ
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