180 / 288
Ⅵ【ファウスト】第38話
この雨が明ける前に……
答えてくれ。
俺には全部を守れないんだ。
アキヒトを……
俺の剣を、
お前が守ってくれないか。
この兵士は、お前の所属部隊の者だと。
嘘をついてくれ……
頼む………
「この者は………」
雨に濡れた唇が開いた。
ユキト!
『俺が切り込んで隙をつくります。統帥はボートに走ってください』
「なに言って!」
床に伏したまま、ガスマスク越しにアキヒトが声を潜める。
『逃げてください。時間を稼ぎます』
「そんな事ができるかッ」
『俺は、あいつにだけは生かされたくない!』
違うぞ、アキヒト
お前は間違っている。
「生かされるんじゃない。生きるんだ!お前の意志で!」
雨がやむ……
スプリンクラーが放水を停止した。
深い霧が晴れる。
もう俺達は抱き合えない。
引き返せない。
俺達は、αとΩなんだ。
ユキト………身勝手な運命のΩでごめんな。
俺なんかがΩだったばかりに、運命を結べなくて………ごめん。
カツン
濡れた床に靴音が鳴った。
「その者は、我が部隊の隊員……」
刹那に、静寂を打ち払う轟音が胎動した。
ズダダダドォォーンッ!!
ボートが真っ赤な火柱を噴き上げる。
爆発した……
エンジンに着火したのか。
(違う)
炎上の直前、わずかに漂った硝煙の香り……
サイレンサーによって消音したのか、発砲音は鳴らなかったが。
火薬の臭いは消せない。
一発の銃弾が、ボートを爆発させた。
スプリンクラーの豪雨で、誰一人として動けなかった筈だ。
俺とユキトを除いては。
………否。
いるだろう。
フェロモンの影響を受けない男が、もう一人
「……いけないね」
形良い唇が陰をつくる。
「銃の扱いに慣れなくて……」
カツン、カツン
硬質な靴音が響く。
「文民が発砲すると、弾がどこに飛ぶか分からないよ」
雨音の残り香に混じって聞こえた声を、俺は聞き逃さなかった。
硝煙の残滓の消えない拳銃を、素早く懐に入れる。
宵闇の藍玉の眼差しが天を仰いだ。
濡れた前髪が黒き翳りを帯びる。
その男は、もう一人の運命のα
蔭なる支配者が立つ。
ともだちにシェアしよう!