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Ⅵ【ファウスト】第57.5話 (おまけ+)⑦
《おまけ+》
- Romantsch hört nicht auf .
〔ロマンチックが止まらない〕⑦ -
俺達は、壊れた夢の中をさ迷っているのかも知れない。
終わらない夢の中を……
あり得ない事だ。
けれど、今
モニターの中のあなたは………
「ハルオミ…さん…………裸~~………」
『Bitte .』
褒めてないーッ!
……つか、なぜドイツ語?
ここは日本で、戦艦マルクだ。
『あぁ、そうだった。すまないね、Meine liebe Frau, Natsuki .
つい癖で、ドイツ語が出てしまったよ。いけないねぇ』
いけないって、全然思ってないよな。
ドイツ語が抜けきってないぞ。
『Starre mich so sehr an , Was ist los ?
Es ist peinlich . ……Verschämt . ……なんちゃって♪ 』
可愛く言うなー!
うぅ~
ちょっとだけ、ドキンッ……てなっただろうがー!
……………………もうっ。
ハルオミさん!
『あぁ、すまないね。ここは日本だったね。君に穴が空くほど見つめられて、舞い上がってしまったよ』
「ハルオミさん、舞い上がりすぎだ!」
あなたは舞い上がると、裸になるのかっ。
俺の目の錯覚でなければ、あなたは今、裸だ。
見事に六つに割れた腹筋が、モニターに映っている。
……ハルオミさん。文民なのに、いい体だ。
筋トレしてるんだろうか……
よく見ると、血色の良い肌にじわりと汗が滲んでいる。
筋トレ中だったのか?
いや、今は公務中だぞ。
通信が繋がっているのは、司令室だ。
ハルオミさんは、戦艦マルク 最高責任者。マルクの心臓ともいえる司令室で、操舵の命令を下さねばならない。
スーツは?
軍服は?
なぜ着ない?
最も重要な公務を裸で行う意図はなんだ?
俺の思惑を遥かに超えている。
なにを考えているんだッ
まるで読めない。底が見えぬ……
心理を読み、心理を操る……
俺の思考が揺さぶられている。グラグラ、音を立てて崩れ落ちそうだ。
クッ……この俺が心理戦で、足元にも及びもしないなんて……こんな事がッ
心に与えた隙から忍び寄って、思考の牙城を崩す。
これがシュヴァルツ カイザーの実力なのかッ
『日本人は奥ゆかしいね』
そうさ……
あなたの言う通りだ。
あなたのような大胆な策を取れる者は、この国にいない。悔しいが、俺も含めてな。
『悲しいね、この国の国民は。誰も脱がない』
「………………え」
脱がせるのが、あなたの策略なのか?
シュヴァルツ カイザーは、なにを考えているんだ……
『脱げばいいんだよ。全員、裸になればいい』
マルク艦内の隊員を裸にするだとっ!?
聞いた事がない!
張良も、
諸葛亮孔明も、
竹中 半兵衛も、
黒田 如水も、
歴史に名を残した天才軍師ですら誰一人として、用いた事のない策だ。
裸になると、なにが起こるんだ?
あなたは、なにを狙っている?
仄かに上気したハルオミさんの頬……
深海の蒼を湛 える双眼は、既に勝利を映しているのか。
『暑いね……』
やはり!
勝利を目前にして、興奮からハルオミさんは手に汗を握ってるんだ。
『ここは暑くてかなわないよ』
海上の要塞
マルクという名の心理戦の戦場だ。アドレナンが止まらないのか。
『今更なんだが《ローエングリン》のデュナミス砲の被弾で、司令室の空調が壊れてしまってね。とにかく蒸し暑いんだ』
………………
………………
………………
「えェェェーッ!」
『クールビズを推奨してるんだよ。熱中症で倒れてはいけないからねぇ』
クールビズ過ぎるだろ!
ハルオミさんっ、脱ぎ過ぎだ!
『上の者が脱がないと部下も脱ぎ辛いだろうから、率先して脱いだのだけど。誰も脱がない。どうしてだろうね』
ハルオミさんの後方で、α兵が慌ただしく動いている。
フェロモン吸引を防止するガスマスク付けて……
皆、一様に軍服姿である。
『シュヴァルツ カイザーにも読めない心理があったとは、驚きだよ』
ねぇ……ハルオミさん。
これは国民性の問題じゃない。
裸体ガスマスク……って~~
変態だよな。
α兵にだって羞恥はあるんだ。慮 ってやってくれ。
『暑いね、全く!』
ハルオミさんが苛立っている。
『暑いよ、暑い!この暑さはどうにかならないものか。仕事をする環境じゃないね。暑い、暑い。ナツキの氷バナナが食べたい!!暑くて倒れてしまうよ。暑いね、本当に』
おいっ、間に俺が入ったな!
俺の氷バナナって、なに?
変なエロワード入れるなっ。
『ナツキの氷バナナ、氷バナナ……トロトロ練乳がけの氷バナナ。ナツキサイズの可愛いカチカチ氷バナナ……』
氷バナナを連呼するなーッ!
俺の氷バナナはジャイアント・キャベンディッシュだーッ!
『君の一口サイズの氷バナナが食べたいよ』
ジャイアント・キャベンディッシュだっつってんだろー!
『夏は氷バナナだね。君の手の平サイズの氷バナナを想像したら、涼しくなった気がするよ。ありがとう』
「~~~」
素直に喜べない。
『しかし困ったね……』
「どうしたんだ?」
せっかくの端正な顔が台無しだ。
眉間に皺が寄っている。
額を押さえたきり、黙り込んでしまって。
なにをそんなに苦しんでいるんだろう……
俺は、ハルオミさんの妻だ。
打ち明けてほしい。
夫婦で力を合わせて解決しよう!
「教えてくれ、ハルオミさん。俺達は夫婦だろ」
『……そうだったね。だけど、この問題は……』
シュヴァルツ カイザーを悩ませるとは。余程の事態だ。
「俺も協力するよ。どうしたんだ?」
『そうかい、ありがとう。君はいい妻だよ。実は、君にしか解決できない問題なんだ』
「だったら尚更じゃないか!夫婦で隠し事はなしだよ。どうしたらいい?」
『そうだね。隠さずに、なにもかも話そうか。ナツキ……』
トクン
深い藍色の双玉に見つめられて、心音が跳ねる。
『君の氷バナナをしゃぶるのを想像したら、涼んだ筈なのに、体の一部だけが熱を持ってしまってね』
「………」
「発射準備万全なんだ」
「………」
「私の股ぐらの《トリス……」
プシュー
通信パネルに拳を落とした俺は悪くない!
あなたなんかプシューだ、プシュー!
俺の氷バナナは俺のものだ。
勝手に《トリスタン》発射してろっ。
…………あ、通信だ。
『君は奥ゆかしいね。通信をオフにした間に脱いだんだろ』
「………ハァァ~?」
『さぁ!相互オナニーをしようか!』
「………💢」
『私の《トリスタン》は臨界点だよ』
「俺の頭も臨界点だァァァー💢💢💢」
プシュー
遂に暑さで脳みそまで腐ったか。
いっそ通信パネルごと、その頭も叩き割ってやろうか。ハルオミさん……
ハァハァハァハァ
俺達は、壊れた夢の中をさ迷っているのかも知れない。
終わらない夢の中を……
〈切なさは(フー)止まらない〉
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