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Ⅵ【ファウスト】第74話

「俺に……使いこなせるのか」 大空に君臨する王を。 『できるよ、君なら私の分身を操れる。 私以外に君にしか使ってほしくないしね。これは夫婦共有の財産だ』 支配者の瞳が俺を見つめる。 『君も私の指揮下に入ってもらうよ。私が君を管理する』 だって、当然だろう…… 『君の命も夫婦共有の財産だ。 私に君を守らせるんだよ』 サファイアが戦場に似つかわしくない、柔らかな笑みを湛えた。 『いいね?』 「仕方ないな。夫の我が儘に付き合ってやる」 『素直じゃない君が好きだよ』 指先がパネルを弾いた。 『私達の空を領空侵犯する不粋な(やから)を全機、撃ち落とそうじゃないか!』 パネルの上を指先が滑る。 『大鷲型に変形した《ファウスト》に、ミサイルの搭載はない。私は文民だから、敵を狙い撃つなんてできないよ』 「接近戦特化型ジェネラルか」 『そういう事さ。近づいて仕留めた方が早い』 この人は無茶苦茶だ。 文民ならば普通、長距離砲を搭載したジェネラルで味方の援護にまわるだろうに。 自ら前線に出て戦うなんて事はしない。 否。文民ならば、そもそもジェネラルに機乗するという発想がない。 やはり、あなたはシュヴァルツ カイザーだ。 人の思考を凌駕する。 人智を超える思考の持ち主だ。 『私がナビをする。第1から第4ボットON ノイズ クリア 出力70%以上 確認』 「No problem(ノー プロブレム〈異常なし〉).」 『Fliege in den Himmel(フリーグ イン デン ヒンメル〈飛べ〉)!』 モニターの指と俺の指が、同時にパネルに触れる。 空を駈ける大鷲が滑空する。 速い! なんてスピードだ。 バリィッ 鉤爪(カギヅメ)が獲物を捕らえた。 鋼鉄の黒い鋭利な爪が《タンホイザー》の頭部を押し潰す。 『羽ばたけ!そのまま持ち上げるんだ』 《タンホイザー》のウイングの抵抗さえ封じてしまう。 なんという力だ。 頭部を半分破壊された《タンホイザー》の巨体が、大鷲に持ち上げられている。 今や《タンホイザー》は哀れな兎だ。 「ハルオミさん」 アラートが鳴った。 ミサイル接近 「一気に六つも!」 囚われた味方の《タンホイザー》諸とも落とす気だ。 『構う事はない。私達は大空の支配者だ』 着弾直前で軌道が(ひるがえ)った。 『……ここは完全防御空域』 軌道を歪められたミサイルが跳ね返る。発射した《タンホイザー》めがけて。 爆発が轟き、真っ赤な火花が散った。 『無様だね。刈られるものとは』 空から墜ちる火の塊が六つ、真っ青な水柱を噴き上げた。 なんて戦い方をするんだッ 戦闘のセオリーを覆している。 あなたは本当に文民なのか。 完全防御空域の外であったらしい。 腰から下がミサイルの風圧でもげた《タンホイザー》の残塊が、大鷲の鉤爪にぶら下がっている。 ここは絶対王者の領空だ。 王以外の生存を許さない。 『これが私の戦いだよ。君を守る夫の戦線だ』

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