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Ⅶ【今世神君】第2話

『我、今世神君(こんぜしんくん) (なり)。人の子よ、神の声が聞こえぬか』 『君の声は、意思をねじ曲げる。 人の意思を剥奪して己が手足にする君は、人間の欲望そのものだ』 『神に遣える歓びを享受できない人の子の愚かさよ』 『君という愚かな国民を更生してあげようか?』 クフ、フフフ…… クククフ、フフ…… モニターがノイズを奏でた。 灰色の色彩の間からこぼれた唇だけの映像が、小さく震えた。 ノイズ混じりのモニターの中で、人差し指が口許のほくろを隠した時、口角の延長線上に光が滑り落ちた。 (泣いている……) なりすました神が、涙をこぼした。 一筋の光の軌跡が顎を伝って、落ちて消えた…… 『もっと早くにうぬに出逢っていれば……』 ヒクリ ほくろを隠した指の先が痙攣した。 『我は、うぬを愛していたかも知れない……』 …………………………クフ 『うぬを愛せない我を(ゆる)せ。我はうぬを愛せない。愛さない』 憎い! 憎悪する! 『否!憎しみもまた愛の形也!究極の愛をうぬに授けよう』 アーハッハッハァァー 『要らないよ、私にはナツキがいるから』 口の()が微かに吊り上がる。 『神の愛さえ袖にするのが、日本国副総理の私だよ』 俺の夫が、神を振った。 『ねぇ、そんなに意外そうな顔をしないでくれるかい。傷ついてしまうよ』 『ぁっ……』 モニターの向こうでハルオミさんが、しゅん……と肩を落としている。 『私にだって後添えを選ぶ権利はあるよ。……というよりも、君と離婚する気はないんだけどねぇ』 「う、うん」 『私が愛しているのは君だけだよ。神にくれてやる愛は、微塵も持ち合わせていない』 真摯な双眸に鼓動が鷲掴まれる。 戦場で俺、告白されている。 この通信、マルク全員が聞いているんだぞっ。 なのに、こんな所で…… 『ねぇ、ナツキ。君の返事が聞きたい』 「俺ッ★」 声が裏返ってしまった。 『君は、私を愛しているのかな?』 待て。 この通信は、ユキトもアキヒトも聞いてるんだぞ。 こんな所で言える訳がッ! 『シキ夫人ーっ!俺達も応援してまーすっ!!』 『我らが聖女様ー♪ファイトー!』 『ウォォオオオーッ!!!』 「やかましいわーッ!」 黙れっ、通信室! 『……それとも君は、あの神に私の心が奪われてしまってもいいのかな?』 「それは困るっ!」 『いい返事だよ』 満足げに上がった唇 ハルオミさんにやられた~★ 『君は、操縦桿を握るんだ。私の分身をしっかりとね』 「ナアァァーっ!」 開いた口がパクパク……金魚だ。 サファイアの双瞳が、モニターの男を見据えた。 神の御名に反旗を携え、立ち上がる。 『マルク全《タンホイザー》、左舷(ひだりげん)偃月(えんげつ)の陣を敷け』 これより…… 『神を駆逐する』

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