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Ⅶ【今世神君】第9話

『見えるか、君達に』 青い波がひしめく海原 遮るものはない。 なにもない。 なにも残っていないんだ。 残る筈だった物は、なにもかも…… 海の底に飲まれていった。 『私には見えるよ』 「ハルオミさん……」 『なにも遮るものがなく焼津港へと続く、この(みち)は……』 蒼き双玉が見つめた波の先 『彼らの意志だ』 俺を守って、海に沈んだα達 遮るものは何もなく、焼津港へ繋がる海上の路を、お前達が遺してくれた。 この先に、俺達が求めるものがある。 手を伸ばして望んでも、目に映す事の叶わなかった彼らの代わりに、俺達が見るんだ。 神から明日を奪い返せ 『ユキト!焼津を奪還せよ。 戦略目的は、凶星発射砲台の消失だ!』 マルクαを海に沈めた砲台を落とせば、焼津港は陥落したも同然だ。 『テロリストの拠点を、我が国に許すな』 『了解。《ローエングリン》、目標を破壊する』 ウィングが青く輝いた。 通信ランプが点滅する。 『ナツキ』 「分かっている。無茶はしないよ」 俺は…… 「マルクに残る」 《ファウスト》の機体性能は、カウンター攻撃向きだ。 自爆テロは、まだ収まっていない。 磁力フィールドで防御を固めて、カウンター攻撃を仕掛ける事のできる《ファウスト》が、マルク防衛の要になる。 『《ファウスト》による防衛は、兄上の戦術通りだよ。 指示もないのに兄上の戦術が読めるなんて悔しいな』 「嫉妬してるのか」 『……ちょっとね』 そっと胸元を握ると、ユキトがクスリと微笑んだ。 着衣の下には、誓いのリングがある。 胸元にかけたシルバーのキーリング。 ユキトが贈ってくれた結婚指輪だ。 『焼津港奪還の後で、ナツキを兄上から奪い返すよ』 「楽しみにしている……」 《ローエングリン》のウィングが月色の光を放って、空に燃える。 『俺の嫁を誘惑するなよ』 「アキヒトっ」 『俺の子を産んでくれる約束、忘れてませんよね?統帥』 そ、それは~ 『この戦いが終わったら、子作りしましょう』 「………………えっ」 『朝も昼も夜も、離しません。たまに虐めて可愛がってあげます』 俺っ★朝昼晩、虐められるのか!? アキヒトっ。お前の場合、逆だろう。 俺を虐めて、たまに可愛いがるんだろう? 『どっちでも一緒ですよ。統帥の悦ぶ事をしてあげるんですから』 「うっ」 『一人目が産まれたら、二人目の子作りです』 「アキヒトっ!」 『家族をいっぱいつくって、子だくさんになって、時々統帥が怒って、時には拗ねて、たまには喧嘩して、だけど最後はいつもあなたが笑ってる。 ……そんな、あたたかい家庭を築くのが俺の夢です』 だから…… 『俺と統帥の未来を邪魔するものは許しません』 「アキヒト……」 『俺に、ご命令を! 我が主君。あなたの騎士に、あなたの願いを託してください』 忠誠を誓う琥珀の瞳が、深々と俺にかしずいた。 αでも βでも Ωでもない。 これは、俺達の未来を脅かす悪夢を払う戦いだ。 ……「生きて東京に帰るんだ」 海の奏でた声が聞こえた。 波の彼方から、声が押し寄せたんだ。 彼らを帰らせてやろう。 せめて海に散った心だけは……… ………せめて。 俺達が継ごう。

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