270 / 288

Ⅶ【今世神君】第12話

『ご機嫌ナナメみたいだから、ほとぼり冷まして来ますね』 アキヒト…… 『統帥は俺を信じてればいいんですよ』 ブァンッ エンジンが叫んだ。 ウィングが光を増す。 『愛人!遅れをとるなよ』 『おまえこそ、足手まといになるな』 二機のウィングが咆哮した。 光が加速する。 『ユキト、アキヒト君。星を墜とせ』 『了解』 『言われるまでもない』 「お前達の帰る場所は俺が守る。……再会しよう」 『行ってくるよ、ナツキ』 『統帥も気をつけて』 ジェネラルが飛び立つ。 海を蹴って、対岸の焼津港 砲台を目指す。 明日を掴むために、俺達に落ちる凶星を消すんだ。 「《タンホイザー》!マルクを守るぞ!」 グオォオオーッ 咆哮を上げた光が空に飛ぶ。 落ちてくるテロリストのジェネラルをサーベルが斬る。 「マルクに近づけるな!全て薙ぎ払え!」 俺達の生きる場所を守るんだ。 明日に繋げるんだ。 歩みを止めるな。 戦場で戦って生きるんだ! ……『第三の洗礼、発動』 灰色のノイズに不気味な低音が共鳴した。 海が慟哭する。 海面が割れる。 海の中の壊れたジェネラルが、次々に爆発する。 テロリスト同胞の機体が、爆発の連鎖を起こして大渦をつくる。 巨大な爆発だ。 海を引き裂き、波をへし折る爆破を行うなんてっ。 ツッ 通信ランプが点滅した。 あの声だ…… ……『「サタンの母」の抱擁に包まれるがいい』 この爆発は!! 「ユキトっ!アキヒトっ!」 サタンの母の別名を持つ化学化合物質 過酸化アセトン 爆発に巻き込まれれば、木っ端微塵だ。 テロリストの海の撒いた残塊には、大量の過酸化アセトンが含まれている。 ジェネラルの硬度をもってしても、爆発に巻き込まれたら粉々になる。 ………進むな。 そう言えば、二人の命は助かる。 けれど、それを言ってしまえば…… 明日が消える。 俺達全員の命が、ここで……… 終える……… ユキト、アキヒト お前達を止める事はできない。 (せめて、爆破の軌道を) 空からジェネラルが降ってきた。 ダメだ。 俺がここを離れたら、自爆テロの火にマルクが焼かれる。 火の雨が止まない。 マルク左舷、大砲損傷 艦艇損害率43% 払っても、払っても、雨は止まない。 全ての自爆テロの雨を払う事は、不可能だ。 時間との戦いだ。 俺が雨を払い続ける。 お前達が雨を止めてくれ。 砲台を壊し、焼津を奪還して。 明日を掻き消す雨を止めろ。 テロの火がマルクを蝕む前に。 爆煙を二機のジェネラルが突っ切った。 ユキトの《ローエングリン》 アキヒトの《タンホイザー》 焼津まで、あと少し…… 『……違う』 モニターの中で唇を噛む。 バンッ 拳がパネルを叩きつけた。 『過酸化アセトンは《ローエングリン》と《タンホイザー》の足止めに仕掛たのではないッ!』 「ハルオミさんっ」 『第三の洗礼……』 フゥッ……とノイズの中で、唇の下のほくろが持ち上がって、画像が消えた。 モニターの中のテンカワ マコトがいない。 それは、この殺戮の終結を意味していた…… 『サタンの母の抱擁とは、我々ッ』 唇が揺れている。 忌々しげに虚空をサファイアが睨(ね)みつけた。 『マルクを包む波だ』 爆風で持ち上がった海水がうねる。 沈んだ同胞のジェネラルを爆破させて、 爆発の威力で無理矢理、海の潮位を持ち上げた。 高潮だ。 黒い波が牙を剥く。 人為的につくられた高潮が、海にそびえる巨大な壁となって押し迫る。 海が吠えた。

ともだちにシェアしよう!