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ⅩⅠ【瞳のわだつみ】-完-
『私達は昨夜、夫婦になって朝を迎えた。夫婦になってから、まだ24時間もたっていないけれど、世界一の妻は君だと伝えるよ。
この世界全員に。私の妻は君以外にあり得ないと。
声の限り、私は叫ぶ。
私達は、世界一幸せな夫婦になれたとね』
その手がモニターの中で、俺の頬を撫でるように伸ばされた。
『君は、私の妻で幸せかい?』
頷いた。
幸せだって、ハルオミさんに伝えたい。
伝えたいのに声が出ない。
涙が声を押し潰す。
『君は私の思考を超えた。それはきっと、君の心の中に私がいるからだ。
君は最早、私だね。そして、私は君自身になった……
……嬉しいよ』
藍の眼差しが、涙を優しく包んだ。
『君は一人じゃない』
『…… …… …… ……』
モニターの唇が奏でたのは、初めて聞いた名前だった。
「………………ハルオミさん?」
『驚いたかい?君に初めて伝えたよ』
「今の名前は?……」
『私と君との間に子供が生まれたら名付けようと思って、一生懸命考えたんだ。
馬鹿だね、私は。
戦略ならなんだって即座に思いつくのに。我が子の名前となると、どんな名がいいものか分からなくなって……悩んだよ。とってもね。
シュヴァルツ カイザーを悩ませるなんて、君と未来の我が子くらいなものさ』
あなたはクスリと口許に、幸せな笑みを迎えた。
『いつか君が誰かを私以上に愛して、愛した人の子を産んだら、その子にこの名前を付けてほしい』
そうしたら、私は………
『君とずっと一緒だよ』
「ハルオミさんと、俺は……」
『ずっと夫婦でいられるよ』
サファイアの中に、俺は囚われている。
『君を愛したい。誰よりも愛したい。こよなく愛したい。
君を独占したい。
君に寂しい思いはさせないよ。それでも、もしも君が寂しいと思ったら、私でいっぱい埋めてあげるよ』
私は、君の運命のαだ。
君の運命を廻している。
君の歩みが幸福に向かうように願いながら、運命の歯車を廻しているよ……
『心も体も私で埋めて、君の今日を私で埋め尽くしたら、明日になれば、君の昨日は私だけの昨日になる。
過去を私で埋めてあげよう。
君の思い出は私だけだ。寂しくないだろう。昨日に私がいるんだから。
昨日の私が、君を見ている。
未来の君を見ているよ。
君と共に在り続けたい。
君の未来を少しだけ、私にくれるかい?
私を忘れないでいて欲しい』
「忘れるわけないじゃないかっ!」
あなたは、俺のっ
『夫だよ』
………夫、なのに。
「あなたは子供の名前と《ファウスト》だけを遺 して、どこへ行ってしまうんだッ……」
行かないでくれっ
俺のそばに
これからもずっと、そばに
ハルオミさん!!
『私は君の目の前にいるよ』
………だって、生きているんだからね。
ノイズが映像を掻き消した。
パネルを叩く。
何度も何度も叩く。
叩き続ける。
何度も何度も。
叩き続ける………………けれど。
通信ランプが光らない。
運命の歯車が止まった……
海が轟き叫んだ。
真っ赤に燃える戦艦が、わだつみに飲まれる。
海原に堕ちた夕陽のように……
波の彼方に墜ちていく………
マルクが沈む。
サファイアの海
奥深く………
もう届かない。
海と雲の境目の藍を引っ掻いた真っ白い月が、空に取り残されていた。
運命の沈んだ海を見下ろして。
半身をもぎ取られた月が、ひとり……
-fin-
…and to be continued.
お前の頭上に月は輝いているか……
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