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第7話
「結婚して下さい」
その言葉を聞いて、自然に涙が出た。
それは自分へでは無いプロポーズの言葉。本当は予行演習じゃなく、自分に向けて欲しかった言葉。
羨ましい。こいつと一年も恋人として付き合えて、そしてこんなプロポーズをされる彼女が。心底羨ましい。
三国を独占出来て、三国の特別になれるなんて。
そこに…自分がいたかった。
ずいっと差し出されるガーベラの花束。
そして結婚して下さいというプレートがつけられているカスタードパイ。
「えらい本格的な予行演習だな」
涙を拭いて、取り付くって言った。おめでとうと微塵も思わない、良かったなんて少しも思わない。ちゃん笑えているだろうか、それでも笑顔を作らなければならない。だって親友だから。
すると三国の顔は歪んで、「はぁ?」と大きな声で言った。
「プロポーズの予行演習だろ?お前が誰かと付き合ってるって俺、全然知らなかった。相手はあの花束の子?」
極めて明るく言ったつもりだが、大丈夫だっただろうか。
「な…何言ってんだ?」
「何って…」
「人の頑張ったプロポーズを予行演習って」
「え?」
「予行演習じゃねぇよ!本番だ!!」
「はぁ!?」
江坂は思わず椅子を立った。本番?どういう意味だ?
「な…だって…付き合ってるって」
「付き合ってるだろ?」
「誰と誰が!?」
「俺とお前」
「えっ!?」
目眩がした。頭がついて行かない。
「待って待って…待って」
「いや…え…と。もしかして付き合ってなかった?」
「付き合ってんの?」
「だって、お前好きって言ってくれたじゃん。俺もって言ったじゃん。それはもう付き合うって事じゃないのか?」
「でも…いや…だって」
「あーまじか!なんだ…その…」
噛み合わない二人の会話に三国は「あー」と頭をかいて、江坂の正面に立ち、もう一度花束を差し出した。
「俺を好きって言った気持ちは今でも変わりない?」
江坂は呆然とした顔で頷く。三国は一息ついて江坂をまっすぐ見た。
「江坂 瑞希さん。俺と結婚して下さい」
プロポーズ。その相手は自分。想像しえなかったの事が起こっている。
「江坂?返事は?」
呆然とした顔の江坂を三国はニコニコと笑って見つめている。
江坂はまた涙が出た。言葉がうまく出なくて、口を手で隠して何度も頷いた。
そんな様子の江坂を三国はぎゅっと江坂抱きしめた。
「はー良かった。まぁまだ同性愛の結婚はみとめられていないのは分かってるけど…それでも江坂とずっと一緒にいたいと思ったんだ」
真っ直ぐなプロポーズ。それが自分に向いているなんて江坂は信じられない。
「うん…俺も」
自分でも驚くほど声が震えていた。格好悪いなと思いながら、三国を見ると笑っていた。いつものような優しくて、こちらも思わず笑顔になってしまう笑顔。江坂が大好きな笑顔。何度も励まされて、元気をくれて、幸せにしてくれる笑顔。
二人は見つめあってどちらからとも言わず、唇を合わせた。
それは一方的ではない、お互いが自らの意思で行った初めてのキス。
それは一方的に触れるだけのものより、ずっとずっと熱くて、幸せだった。
「なぁ…三国どうしよう」
「どうした?」
「カスタードパイ大好きなんだけど…そんな事より家に帰りたい」
「どっちの?」
「どっちの家でもいい。お前と居られるなら」
「同感」
二人はカスタードパイをほとんど味わうこともなく急いで片付けて、店を出た。
知らぬうちに早足になっている。目指すは三国の家。理由はただ店から近かったから。少しでも早く、二人っきりになりたかったから。
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