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第4話
いつものカフェ。
いつもの紅茶。
声優事務所Gimmick Starでマネージャーをしている俺、河西康太は、いつものように担当タレントである仲野悠弥のスケジュールを確認していた。
「あれ?マネージャーの…」
そう声が降ってきたため顔を上げると、そこには本年度から預かり所属となった葉山慎吾がいた。
「あぁ、葉山くん。君もOASISの常連かなにか?」
そう言って微笑めば、嬉しそうに「はい!同期の夏川圭斗がバイトしてるんでけっこう来ますよ」と返事が返ってきた。
夏川圭斗。
行きつけのこのカフェ&バーのバイトであり、事務所で売出し中のタレントだ。
彼がこのカフェでバイトをしていることは随分前から知っていた。
「そうだね。夏川のことは知っているよ。よかったらお茶でもするかい?」
そう提案すれば、「いいんですか!?」という大きな声が返ってきて、こちらまで頬が緩む。
人懐っこいタイプだな、と思い、売りやすいなと結論付けた。
「河西さんって、仲野さん専属なんですか?」
向かいの席に座った葉山くんは、身を乗り出してそう問うてきた。
「ん?うん。悠弥専属のマネージャーだよ。悠弥はうちでも目立つくらい売れっ子だからね」
「すごいですよねー、仲野さん。尊敬してます」
「はは、伝えておくよ」
素直で裏表のない子のように見えた。
うちのタレントである以上、俺はこの葉山くんを守ることも仕事の一環になるだろう。
「河西さんはここで何してるんですか?」
「スケジュールチェックだね。悠弥のスケジュール調整とか」
「へぇ…」
売れっ子のスケジュールが気になるようで、手元のメモ帳を少しだけ覗いてくるその仕草を可愛いと思ってしまう。
「そうだ。仕事のことで何かわからないことがあれば聞いてくれればいいから」
そう言って、手帳にLINEのIDを書いて千切り、葉山くんに手渡す。
「え、いいんですか?忙しかったり…」
「これも仕事だよ。気が向いたときで構わないんだし、取っておいて」
柔らかく伝えれば、笑顔で「ありがとうございます」と返ってくる。
腕時計を確認して、そろそろ仕事に向かう時間であることを認める。
「ごめんね、葉山くん。あまりお話はできなかったけど、もう仕事に行かなきゃ」
そう告げると、慌てたような口ぶりで「いやいや!大丈夫です!お仕事がんばってください!」と返してくる。
明るくて好感の持てる子だ。
応援したくなる。
心の底からそう感じ、「じゃあ、またね」と、敢えてまた話がしたい、と言った意味合いの言葉を投げる。
俺にとってはそういう意味だ。
好意の持てない相手には、お世辞でもこんなことは言わない。
葉山くんに手を振って伝票を手にした瞬間、「あの!」という葉山くんの切羽詰まった声が聞こえたために視線を葉山くんに戻す。
「どうかした?」
「いや、俺のこと…慎吾って呼んでもらえませんか?親しい感じがして嬉しいというか…」
少し俯いた彼のその反応が可愛く、「うん、わかった。慎吾ね」と告げて笑顔を向けてから会計へ進む。
この店のオーナーは同級生だが、本日の会計担当は同級生ではなかったため、おとなしく会計を済ませて店を出た。
久しぶりの感覚が俺を襲う。
胸の高揚感。
彼とまた会いたいという欲。
知っている。この感覚を。
でも認めたくない。
あんな想いはもう二度としたくない。
それでも知っている。
この感情は、コントロールの効かないものだということを。
短時間だ。
彼と言葉を交わしたのは初めてだし、俺は彼のことを何も知らない。
だけれど。
間違いなく葉山慎吾に惹かれている自分を否定することは困難で、恋におちかけている現状をなかなか認められない。
仕事に差し支えがあってはならないため、気持ちを切り替えようと鞄の中にあったガムを噛む。
グレープの味が口内に広がり、頭の中もスッキリしたような気がした。
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