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第5話

「好きだぜ?そんな心配すんなよ」 信じてる。その言葉、ずっと大切にしていいんだよね? 「あー、めんどくせぇな、お前。俺のこと好きみたいだから付き合ってみたけど」 そんな…ただ好きなだけ…。めんどくさいとか言わないで…。嫌いにならないで…。 「もう無理だわ。そもそも俺、ホモじゃねぇし。やっぱ気持ち悪ぃわ」 何も見えなくなった。 あの頃…大学生の頃。 ひとりの同級生に、溺れるほどの恋をした。 どんなにひどい言葉を向けられても、それでも嫌いになれなかった。 愛されている。 そう信じていた。 彼との関係が、彼の暇つぶしでしかなかったことを知ったあの日から、俺は恋が怖くて仕方がない。 どうせ終わる。 始まれば必ず終わりが来るように、恋にだって終わりは必ずある。 それがどれほどにつらいものなのか。 俺は知っているつもりだ。 そもそも、相手が本当に自分を愛しているのかなんてわからない。 恋愛に関しては、誰のことも信用できない。 そういう人間になってしまったのだ。 31歳になった今でも、それは変わらない。 仕事に生きている。 そんな気がする。 やり甲斐があって、何よりも楽しい。 だから恋愛なんて不必要で、俺は一生ひとりで生きていく。 そういった覚悟はできている。 担当しているタレントである仲野悠弥は、業界でも人気が高く、実力も兼ね備えている。 彼の仕事のサポートをしながら、プライベートの管理も俺がすることもある。 そんな悠弥の仕事が決まったという連絡を受けた直後、LINEの通知音が鳴る。 表示されている名前は『葉山慎吾』。 どくん、と早鐘を打つ胸に気づかないフリをしてトークを開けば、『お疲れさまです!』と一言入っていた。 あいさつだけだろうか、と思っていると、『オーディションのことで相談に乗ってもらいたいんですけど、近々お会いできませんか?』というメッセージが追加された。 それは構わないが、慎吾の担当マネージャーは誰だったか。 能無しではないはずだが。 『構わないよ。いつが空いてる?』 そう返信をし、翌日、慎吾と会う約束をした。 先日と同じカフェ、OASISにて慎吾を待つ。 今日は悠弥の仕事も付き添う必要のないものだったため、ゆっくりできる日なのだ。 「河西さん!おはようございます!」 「おはよう」 元気な声で視界に飛び込んできた慎吾を目を細めて見つめれば、慎吾の笑顔は深まり、当然のように同じ席についた。 しばらく世間話をしていたが、なかなか本題に入らない慎吾を不思議に思う。 「慎吾の担当は誰だっけ?」 「担当?」 「マネージャーだよ。預かりだし、専属がいるわけではないと思うけど」 「あぁ、浅川さんですよ。圭斗も同じです」 浅川…。 浅川大樹。彼は決して仕事ができないわけではない。 ではなぜ、自分の担当ではないマネージャーに相談事を持ちかけてきたのか。 「浅川には言えないこと?」 「え?あ、いえ!浅川さんにはよくしてもらってます。あの、河西さんと話したくて…。口実、作っちゃいました」 「え…」 まっすぐだ。 この言葉を聞いて慎吾の気持ちに気づかないほど、俺は鈍感ではない。 けれど、その気持ちを受け入れるだけの勇気など持ち合わせてはいない。 「そっか、ありがとう。慎吾はどんな声優になりたいのかな?」 「え、あ…んー…どんな…」 明らかに話題を逸らしたが、少し落ち込んだような雰囲気を作ったものの、質問にはきちんと答えようと考えてくれるみたいだ。 「お芝居を好きでいられる役者になりたいです」 「はは、今、少し嫌に感じてるんだね」 真面目な顔でそう言う慎吾を、素直だなぁと感じた。 「え!?いや、失敗多くて…」 落ち込む慎吾に、手を差し伸べたいと思った。 大丈夫だよ、と。 声をかけてやりたくなった。 迷ってしまう若いこの子の灯台になりたい、そう強く願ってしまった。 そんなの、いけないことなのに。 ただ、慎吾にはずっと笑顔でいてほしいのだ。 それがどうしてかなんて…考えたくない。 考えちゃいけない。 頭を少し振り、「まだ新人だもんね。その内慣れるよ。俺たちマネージャーもついてるんだから、自信持って」と告げる。 「ありがとうございます」 笑顔の慎吾からそう言われ、胸が高鳴る。 違う、これは違う。 そんなはずはない。 これ以上関わらないほうがいいだろうか。 いや、でも会いたい。話したい。 この感情はよくない。 殺そう。 こんな余計な感情は、殺してしまおう。 なんでもない話をしながら、俺はずっとそのことばかりを考えていた。 そして語り尽くした後、OASISを出た。 時計は夜20時を指している。 駅まで一緒に行こうという話になり、店内での話の続きをしながら歩く。 「ねえ、河西さん」 楽しそうに笑っていた慎吾の声は、トーンを落として真剣そのものとなった。 それを聞いて、つい身構えてしまう。 「河西さんは…俺の気持ちに気づいたから、わざと知らないフリをしてますよね?」 ピンポイントで言い当てられ少し焦るも、「慎吾の気持ち?」ととぼけた回答をする。 「好きなんです。河西さんのことが。初めて会ったときから好きで…。一目惚れなんです」 そこまで聞けば、心臓は自分のものではないかのようにドクドクと脈打った。 「そうなの?」 平静を装うのに必死だ。 「はい。俺と…付き合ってください」 自然と頷きそうになるのを堪える。 本能で動くのは良くない。 認めようか。 慎吾に惹かれている。 でも…。 「ごめんね。気持ちは嬉しいけど…俺は君を愛していない」 吐き出した言葉は冷たく、凍えるような心を自覚した。 ひどく傷ついた顔をした慎吾を見て、俺の胸に冷たい風が吹く。 「でも、君のことはタレントとして支えるから。心配しないで」 黙って頷いた慎吾が泣いていることに気づいたとき、締め付けられる胸の痛みをどうすることもできなかった。 「はい、すみません、でした」 小さくそう呟いて、『駅まで』と約束していたにも関わらず、慎吾はひとり足早にその場を後にした。 俺は、その後ろ姿をただ眺めていることしかできなかった。

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