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第7話

事務所近くの公園。 夜7時。 こんな時間にはこの公園に人気はない。 もちろんそんなことは知っている。 善は急げというけれど、俺はこの選択が本当に『善』なのかの判断がつかない。 それでも。 素直になると決めたから。 今、俺がこの公園にいる理由。 それは、慎吾を呼び出しているからだ。 バイトが終わるのが7時だと聞き、会うのは8時に、と約束をした。 緊張している。 妙にそわそわしてしまい、仕事も終えた…と言えば嘘になるが、早めにここに着いてしまった。 暗くなりかけた公園のベンチに腰掛け、言葉を探す。 しっくりとくる言葉が見つからずに2日が経った。 息苦しいほどの動悸に混乱している。 どんな言葉を使えば、ねじ曲がることなくこの想いを伝えられるのだろうか。 腕時計を確認する間隔が狭まる。 「…え、河西さん?」 予想していなかったタイミングで名を呼ばれたために、少し体が震え上がる。 「慎吾…」 声の聞こえたほうへ視線を遣れば、焦がれて止まない人。 「あ、バイト終わった?お疲れ様」 「いや、まだ7時半にもなってないですよ…?なんで…」 動揺している慎吾を見て、なんでもないフリをしながら、自分も驚いていた。 約束の時間の30分以上も早くに互いが揃ってしまったこと。 会いたい、と。 それでも緊張している、と。 同じ気持ちだと。 そう実感しても良いのかと。 「慎吾…話があるんだけど」 茫然と立ち尽くしたままの慎吾に言葉を投げかける。 「え、あ、はい。それは電話で聞きましたけど…」 「ごめん。あのとき…泣かせてしまったから…」 「っ…その話は…もういいですよ。俺が勝手に…」 「違うんだ。聞いてほしい。都合のいい奴だと思うだろうけど…でも…!」 踏み込もうとすれば避けられるその態度に涙が溢れそうになるも、自業自得だと自分を納得させる。 「…なんですか」 沈んだ声に、心臓を鷲掴みされるような感覚を覚える。 「…好き、なんだ…慎吾が…」 あんなにもたくさん言葉を探したのに。 想いの丈を伝えるべく、綺麗なセリフをたくさん考えたのに。 声になったのは、ありきたりな言葉だった。 慎吾の目を見ることはできず、そっと俯いた。 「…え…?だって河西さん…俺のこと好きじゃないって…」 「違う、ごめん…。好きだよ。好きだったけど…恋が怖かったから…逃げてしまった。だけど…慎吾の傍にいたくて…」 紡ぐ言葉に飾りはなく、嘘のない気持ちを伝えられるよう心掛ける。 「だから…手遅れでなければ…付き合ってほしい」 喉がカラカラに乾いている。 漸く顔を上げて慎吾を見つめる。 「嘘じゃないですよね…?」 「こんな嘘を吐くほど暇じゃない」 「っ…!河西さん!」 「うわっ…!」 突然、慎吾に左腕を引っ張られ、そのままの勢いで慎吾の腕の中に収まる。 動悸は激しくなる一方で。 「し、慎吾…」 「好きです、河西さん…」 俺を包み込む力が増したのがわかり、そろりと背中に腕を回した。 「俺も…好きだよ」 声が震える。 慎吾の体温が心地いい。 これからの慎吾との日々を思う。 いつまでも続く、なんて甘いことは思っていない。 慎吾が俺を好きでいてくれる間だけでいい。 笑いかけてくれる間だけでいいんだ。 傍にいたい。 慎吾を笑顔にさせるのは自分でありたい。 そして、その笑顔を最も見ることができるのも自分でありたい。 慎吾との幸せな思い出がほしい。 いつまでも、なんて、無理だとわかっているから。 今、確かに感じる暖かさと優しさを、生涯忘れたくないと願った。

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