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第3話
―7月26日(水曜日)13時
兵庫県生田警察署生活安全課。
「あー南原ナオトか。知っとう知っとう、あいつめんどくさいやろー」
昨日の件を上司に報告していると、駐輪場の監視員のような優しい風貌の山岡さんが答える。
「わしもいっぺん声かけしたわ。かわいらしい顔しとうし、女子高生やと思ってな。ほんなら、ヘラヘラ笑て懐いてしもたわ。補導で声掛けされるんも楽しんどったみたいで。ホンマ、めんどくさいんよ、あいつ」
主に未成年案件を扱う生活安全課には、女性を含め柔らかい風体の警察官が多い。
威圧感を与えないためだとか、しかしそうも言っていられないご時世のようで。
「ゴリちゃんもナオトに引っかかったん?」
こちらは保健室の先生のような吉岡さん。シングルマザーの姉御肌で、男女問わず若い警官に慕われている。
「あのコはゴリちゃんみたいな、ムッキムキのマッチョが好きなんよね。ラガーマンみたいなにいちゃんをとっかえひっかえして、よう一緒におるわ。アンタも気を付けんと、すぐ骨抜きにされてまうわ」
「いつから、この辺りで?」
「最近ちょこちょこ見かけるな。見かけたら『やーっまさん!』言うて寄ってくんねん。ほんまかなわんわ」
かなわん、なんて言いながら山岡さんはにこやかに笑う。
「東門をウロウロしだしたんは、GW前ぐらいからかな。両親はもう居てないらしくて、本人は金には困ってないからフラフラ遊んでる、て言うとったわ。そうそう、ああ見えて、神戸高校出とうらしいよ」
「へえ?」
「ゴリも神戸高校やったな、確か」
「はい」
「あんなんもおるんやな」
「どういう意味ですか?」
「オカマやんか、オ・カ・マちゃん。オッサン引っかけちゃあ奢らせたり、小遣いせしめたりしとんねんて。人たらし、ちゅうやつか。せやけどウリで稼いどる、ていうわけでもないしなあ」
……悪気はない。この世代にひとに悪気はないって、それは分かっているけど、『オカマ』という表現がどうにもこうにも気に入らない。まあまあ、と吉岡さんが窘めて、
「ちょっとした夜遊びの延長なんとちゃうかな。高校を卒業するまでは、真面目にやっていたみたいやし。まあ、今のところ、トラブルも全然聞かへんしね」
「……彼はゲイ、なんですか」
「んー、いっつもオッサンばっかり相手しとうで。オカマなんやろ? 知らんけど」
知らんけど。語尾にそうつけるのは多分、のこと。このひとたちに、性的マイノリティについて理解してもらうのは至難の業に違いない。
「なんやゴリちゃん、興味しんしんやんか? やっぱり後輩て聞いたら、気になる?」
「いや、別にそういうわけでは、」
「まあ、あいつのことはほっといてもだいじょうぶや。気にせんとき」
……気にするな、と言われても。
「あ、おかえりー」
日付を越えて夜中の3時。家に帰ると、ナオトはリビングでゴロゴロ転がっていた。
俺のシャツに俺のトランクス姿で。
「シャワー借りたで。服も」
しっとりと濡れた髪、上気した頬。
「なんでまだおんねん?」
「だーかーらー、カギ無くしてんてば」
ったく、冗談じゃない。
「いや、一日だけ、て言うたやろ?」
「だってソウゴんち、めっちゃ広いねんもん」
両親と住んでいた3LDKのマンションに、ひとりになった今もそのまま住んでいる。
「ひとりやったら、もったいないなーって」
「関係ないやろ」
「こんなカワイイこが傍におんのに、なーんもせえへんし」
「あほか」
「さびしくないん? ……なあ、もしかして……インポなん?」
最近は本当に忙しくて、睡眠も休息もまったく足りていなかった。そんなことは理由にならないと知っているけど。
「さびしかったら、どうにかしてくれるんか?」
煽られてムカついて、ナオトの上に跨ってついそう言ってしまった。
「ソウゴ?」
少しだけ困ったような表情になって俺を見上げる。
「おまえには冗談なんかもしれんけど、俺は、ほんまもんのゲイやからシャレにならんねん。それ以上煽ったら、ほんまに犯してしまうから、もう帰ってくれ」
ナオトはしばらく沈黙してから、頬を緩ませる。
「おまわりさんの制服着たソウゴに犯されたいわ」
「はあ?」
「なあ、昨日会うたときからずっと、めっちゃタイプて言うてたやろ」
「おまえなあ」
「信用できへん?」
「俺には立場ってもんがあってだな」
「ほな、どこで出会ったらよかったん? 出会い系バー? それとも僕も警官やったらええん?」
ナオトに後頭部を掴まれ引き寄せられた。柔らかい唇の内側から香るミント。口内に侵入してくる薄い舌に掴まり、ちうと吸われる。
膝で股間を刺激されて、もう、限界だった。
「もうチンコ勃ってるやん」
くす、と笑われて征服欲が疼き出す。ナオトのトランクスのなかに手を入れると、先走りが漏れ出していた。
「おまえこそ、ガチガチやないか。どんだけ欲しがってんねん」
乱暴に服を剥ぎ取ると、血管まで透けて見えそうなほど白い肌が見えた。長袖で隠れていた腕には無数の細い傷跡がある。
「おまえ、この傷、」
「なんでもないよ」
湿度を纏う下半身とは違い、からからに乾いた唇を迎えに行き、ぺろりと舐め上げる。差し出される舌を吸い、噛みつくようにきつくしゃぶる。お互いの鼓動が早鐘を打ち始めるころには、ねえこっちも、とねだられる。桜色に染まった突起を口に含むとピクと震え、甘い声が漏れた。
「なあ、もう準備できとうねん、ソウゴ。はよ入れて欲しい」
弾んだ息でそう言いながら、トランクスを脱ぎ捨て足を開く。先走りを絡め、てらてらと滑る蕾を見せつける。その直接的な表現に、拒否する気持ちが消えていく。
「あ、ソ……ウゴ……」
なんの抵抗もしない入口、吸い込まれるように侵入すると内側で全体がきゅうと締め付けられた。背中にまでぞくりと快感が疾走る。
「ソウゴ、やぁ、きもち、い……あ」
「ナオト……」
これがハニートラップだったら終わりだな、そんなことがふと頭をよぎったけど。
「おまえ、やばいわ」
「ほんまや。ソウゴのん、めっちゃ僕に合うてる」
先走りを絡ませる其れを扱き、吸い付く蕾に奥まで強くピストンを繰り返す。肩口にしがみつかれて、鼻腔に抜ける高い声と水音が耳をすり抜けて脳髄をちくちくと刺激する。すぐイっちゃいそう、ってナオトが目を閉じた。
「あ……ソウ、ゴ、すご、い……」
その幼い顔立ちに、ティーンエイジャーだったころの自分たちの姿が思い起こされる。
「や、もう……い、あ、ああ」
あいつは、ミツルはいまどこで、どうしているんだろうか。
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