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第4話

―8月6日(月曜日)、朝9時 兵庫県生田警察署 朝礼 「警察庁・生活安全部から参りました、安藤瑞樹です」 「えー、安藤警部はサイバーセキュリティの専門家で、しばらくの間、指導に当たって頂きます」 「大学を卒業するまでは岡本に住んでいました。バリバリの神戸っ子です。よろしくお願いします」 その日、週明けの朝礼に連絡もなしに現れたのは、高校大学時代の俺の親友・瑞樹だった。 「久しぶりやな、総悟!」 「ほんまに、卒業以来やな! どないしたん? 出張?」 挨拶代わりに拳をぶつける。イテェ、と大袈裟に右手を振ると、よく知っている笑顔がそこにあった。 「まあ、そんなもんやな」 「警察庁のエリート様が県警本部ならともかく、こんな場末の所轄になにしに来とんねん」 「ああ、ちょっと、県のサイバー課に呼ばれてんけどな。本部にはちょうどええ空き部屋がないらしくて、ここの会議室を借りてセンター作ることになったんや。チームごとしばらく邪魔することになるから、まあよろしく」 「そう言えば、北九州の金塊密輸事件、おまえのチームやったんやって?」 「ああ、福岡は監視カメラがようけあるからな。楽なもんやったで」 さらりと答える。でもそれは福岡県警がかなりの人員を費やしても犯人に辿り着けず、迷宮入り寸前と言われた事件だったのに、警察庁から派遣された発足したばかりの瑞樹のチームがあっという間に解決してしまった案件だ。そしてそれは『捜査』というものの概念を、ある意味根本から覆したようなもので、 「いやいやいや、こんなところまで聞こえてくるくらいやから大したもんやねんて」 瑞樹とそのチームの優秀さを裏付けるものだった。 「あれはなー、八重子が頑張ったかな。覚えとう? 草野八重子。うちの近所の」 「ああ、ミックスの別嬪さん。へえ、あの子、おまえのチームにおるんや」 「まあ立場的には俺の個人的な秘書って感じやねんけどな。おかんの会社で雇ってもうてる」 「個人的な、ってそういう意味?」 「いいや。そういうんはなし」 「おまえはええとこのボンボンなんやし、親からのプレッシャーとかもあるんちゃうの」 「ないことはないけど、俺は警察を辞めるまでは結婚せえへん、て決めとうからな」 大学を卒業後、瑞樹は警察庁に技術系の国家公務員として採用され、俺は地元の兵庫県で警察官になった。学生時代から、優秀なシステムエンジニアとして学内外で活躍していた瑞樹と同じ職場で仕事をするとは思っていなかったが、正義感の強い瑞樹が警察庁を選んだのは至極納得できる。しばらくして、瑞樹が耳元で小さな声で囁いた。 「……ちょっとあとで相談に乗って欲しいんやけど」 「うん?」 「……実はな、最近できた後輩に、ゲイやってカミングアウトされてな」 そして俺がゲイだと知ってもなにも変わらない、数少ない友人でもある。 「……おい……まさか、口説かれ、」 「ちゃうちゃう。それが。いやー、異動でパートナーと遠距離恋愛になるって相談で、ちょっとな」 瑞樹と俺が共通で話題にできる、それはひとりしかいなかった。 「……ミツルの話、か」 「その、ちょっと、いや今まで聞いたことないけど。もうそろそろ時効かなーって? どうやろ」 「時効か……そうやな、ええよ」 茶化すような言葉尻なのに真剣な面持ち。 「悪いな。神社裏にDOLLていうバーがあんねん、ライオンの地下。23時でいける?」 「わかった。じゃ、あとで」 時効ってなんやねん。自分でもそう答えているのに意味がまったく理解できなかった。  

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