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第9話
―8月7日(火曜日)、20時
生田神社鳥居前
「生活安全課の吉岡さんですね?」
「はい」
見慣れない、若い男に声を掛けられた。170センチ程度でやせ形、不健康そうな色白肌、バンドマンみたいな緑グラデのプラチナブロンド。一回見たら忘れない個性的な風貌だけど思い返して記憶を辿ってみても、ちっとも思い当たらない。
「警察庁の藤田将太です。安藤警部の部下です」
「ああ」
そう言って取り出して見せた身分証明書は間違いなく本物だけど、胸に髑髏が笑った黒い長袖のTシャツ、色落ちしたリーバイス、アディダスの青いランニングシューズは踵が潰れているし、手持ちしたポーターのブリーフケースは中身がぱんぱんで型崩れしている。
「システムエンジニアかなんか知らんけど、公僕やったら多少のドレスコードはあるもんとちゃうの?」
「そう警戒しないでくださいよ」
「私に何の用?」
「如月総悟さんについてお話を伺いたくて」
「はあ? ゴリちゃんやったら、アンタのボスのお友だちでしょ? わざわざ私に聞かんでも、」
「息子さんたち、」
「!」
「まだ、ふたりとも芦屋、ですよね。成績も悪くないと聞いています。でも、」
週末に帰った時には、夕方までベッドから出てこないふたりの顔が目に浮かんだ。あの場所が、高校を卒業したばかりの18歳の若者にとって、過酷な環境だというのは重々承知している。
「兵庫は特に厳しくて、現場に出る前に2割程度が退職してしまうとか」
「……」
「如月総悟さんについてお話を聞かせて頂けませんか?」
わざとらしいほどに笑顔を作ってそう言って、右手を伸ばす。
なにが頂けませんか、よ。これはお願いなんかじゃない、間違いなく命令だ。
「わかりました」
「ありがとうございます。では、こちらへ」
握手なんてしてやらない。悔しくて、でも長いものに巻かれてしまう自分が腹立たしい。
ねえゴリちゃん、私が話しちゃいけないことなんて何もないよね。大丈夫やんね。
納得させるように自分にそう言い聞かせて、藤田のあとに付いて歩き出した。
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