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第10話

―2017年3月3日(金曜日)19時  ロサンジェルス郊外 「仕様書見たよ、ミツル」 私がそう声を掛けると、ミツルはディスプレイを見つめたままキーボードの手を止める。 「だけど、ニッポンのゼネコンっていうのはちょっと意外だったし、突出するほど悪徳企業でもない。まして、金額もそれほど魅力を感じない」 振り返ったミツルは口角を少しだけ上げて、笑顔を作る。 「私が納得できるだけの理由を聞かせてくれないか?」 「北松組はぼくの実家が経営している。会長はぼくの祖父で社長は父だ」 「なんでことだ! 本気なのか?」 「もちろん」 わかっているのかな。それは、その作り笑顔は、あの時のきみの笑顔とは全然違って見えるんだよ。 「ねえミツル、きみが日本でどういう育ち方をしたのかは知らないし、言いたくないなら聞くつもりもない。でもきみが今ここに居るってことは、きみに親がいたからできることだってことぐらいは、わかっているよね?」 「わかっているよ、スティーヴ」 「私が納得できる理由って、自分のルーツへの復讐ってことなのか?」 「簡単に言えばそうだよ。ぼくは、ぼくの出自が許せない。でも詳しく話すつもりはないんだ」 一体なにが、きみをそうしてしまったんだろう。 「でもあなたなら、分かってくれるって思っているよ」 「…私が、ロマだから?」 「自分ではどうにもできないことを恨んでいるって意味では同じでしょ?」 「それは違う。私は私の両親を恨んだりしてない」 「でもロマじゃなかったら? アメリカ人としてアメリカに生まれていたら、て思ったことは一度もない?」 「それは…」 「あのさ、同情してほしくないから、詳しく言いたくなかったんだけど」 「うん」 「ぼくは、12歳のとき、母親に殺されたんだよ」 ミツルは、まるであの店のサーモンサンドがおいしかったんだよ、とでも言うようにさらさらと言葉を紡ぎだした。 「正確には心中未遂って言うんだけど、母親の自殺につき合わされそうになった、てこと。真っ暗で、痛くて、息が苦しくて、重くて。しかもさ、」 「ミツル……」 「ぼくが中学受験に失敗した、なんていうつまらない理由なんだから、笑っちゃうよね」 淡々と話すミツルの、でもそんな表情は今まで見たことがなかった。 これ以上、聞いてはいけない気がして、私はミツルの唇に指を当てた。 「わかった、悪かったね。もういいから、」 「ほらね、聞かなきゃよかったって顔をしている」 ミツルが私の指を外してキスをした。

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