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第11話
MITのカフェテリアで初めてミツルを見かけてからもう8年近くになる。飛び級なのか、やけに幼く見えるアジア系の彼は、厳しい表情でラップトップにコードを打ち込んでいた。何故だか目を離せなかった私は、面識もないのに横の席に座り、彼が作業を終えるのを黙って待っていた。ほどなく、彼は小さくイエスと呟いて笑みを零す。その表情が先程までとはまるで違い、悪戯に成功した少年のようだったので、思わず声をかけてしまった。
「ねえ、なにかいいことでも?」
「え?」
「すごく、嬉しそうだから」
「ああ、ここのサイトのセキュリティホールを見つけたんだ。申告すれば賞金が出るんだよ」
「え?」
私が慌ててディスプレイを覗き込むと誰もが知る、あるIT企業のウエブサイトが見えた。
「これって……」
「……ごめん、電話だ。はい」
なんてことだ。ここって盤石なセキュリティを売りにしている企業じゃないか!
「……ありがとうございます」
電話を切ったミツルが私を見る。
「2万ドルだって。ラッキーだよ」
「きみは優秀なんだな」
「ここの学費は高いからね。がんばって稼がないと」
「でもあの会社なら、5万ドルもらったって高くない」
「あんまり派手にやると、奨学金がチャラになっちゃうかもしれないからね。それに、」
「それに?」
「たったの1時間で見つけたんだから、充分でしょ?」
そう言って、ラップトップを閉じてまた少年のように笑う。
たったの1時間だって? 信じられない。
「スティーヴだ。スティーヴ・クラーク。スミス教授の代理で3か月間だけ暗号理論の臨時講師をしている。きみは……日本人かい?」
「そう、ミツル・キタジマだよ。よろしくスティーヴ」
あの時のような、あんな笑顔はいつから見られていないのだろうか。
ミツルが好きだ。たぶんあの日、MITで初めて会ったときからずっと。
ーーーーー
「ほかのことを考えながら、私のをしゃぶるのは気に入らないな」
「あなたのことしか考えてないよ。それとも、」
……いつからそんなに嘘が上手くなったのだろうね。
「気分じゃない?」
「きみが私とやりたいって言うなら、いつだって大歓迎だよ」
シュア、と呟いてミツルはまた私を口に含んだ。慣れ親しんだはずの口内が今日は妙に熱くて、思わずミツルの頬に手を当てた。
「興奮、してるんだ。すごく……」
私のものを咥えながら言う。水音を纏った声が耳に流れ込み、心拍数が早くなってくる。ミツルの柔らかい黒髪を触りながら、押し寄せてくる快楽に身を委ねる。絶頂が近づきそうになったので引き離し、立ちあがらせた。さっきまで己を咥えていた口内を舌で蹂躙する。ミツルもすっかり勃ち上がっているので、ジーンズを下げ柔く扱いた。
「……ミツル」
ミツルが私に背中を向け壁に手をついた。空いた左の指先で、自身の先走りを絡め取り蕾に与える。私に見せつけるように指先でくるくると掻き混ぜて、吐息を混ぜた声で誘う。
「スティーヴ、もう欲しいよ」
それはいつまでも眺めていたいほど淫靡で、いま誰のことを考えているかなんて、もうどうでもよくなってきて。優しくしてほしいのか、酷くしてほしいのかも分からないのに、ただ自分の欲に忠実にミツルに侵入した。
「1千万ドル以下の仕事はしない、そうも言ったはずだ」
「ん、目星は、ついて、いるから、ぼく、んん、ひとりで、できる。それなら、6百万、ドルでも、悪くないのでは? あぁ」
「ミツル、」
「んん、な、に? うぁ」
「本当に、本当にそれでいいのか?」
侵入したまま動きを止めた私に、荒い息で振り返る。
「本当もなにも、ぼくはずっとこのために必死で勉強してきたんだよ、スティーヴ」
そう言うミツルのまなざしには、一切の迷いがなかった。
「…わかった。サーバは好きに使って構わない」
「ありがとう」
「ただし、ヘルプが必要なときは必ず連絡すること」
「わかった。約束する。ちょっと神戸に行ってくるよ。1週間くらいで戻るつもりだから」
「コウベっていうのはトウキョウの近く?」
「ううん、西のほうにある、小さくて、退屈でつまらない街だよ。ぼくの出身地だ」
胸騒ぎがする。ミツルはもうここには戻らないかもしれない。止めるべきなのかもしれない。
でも私はなにも言えなくて、代わりに強く抱きしめた。
「愛しているよ、ミツル」
「ぼくも愛しているよ、スティーヴ」
それから、まるでティーンエイジャーのように求め合って、最後はカウチで抱き合って眠った。夢でも見ていたような気になっていたのに目覚めたらミツルはいなくなっていて、アイフォンはアンサリングサービスに繋がった。
ねえミツル、私は私が行っている恐ろしいこともすべて終わらせて、いつかは穏やかな日々を過ごしたいと思っているんだ。できることならきみとずっと一緒に。私はきみが戻ってきたときに、ちゃんとそう告げられるだろうか。
ああ、神さま、どうか彼をお守りください。彼を苦しめるすべてのものから。どうか。
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