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第12話
―8月10日(木曜日)14時
生田警察署第4会議室
「データにない女性が同居しています」
「女性と同居?」
女性だって? 総悟のやつ、そんなことなにも言ってなかったぞ。
部下のひとり、稲垣が用意した写真のなかにはラフな格好をした、いまどきの少女の姿があった。
「うわー、若いなあ。高校生くらいか。まさか中学生じゃないよな」
「照会かけますか?」
「うーん、なんかアイツ、違う意味で心配になってきた」
「生活安全課に信頼できる人物を用意しています」
「……いやいや、藤田くん、さすがだねえ。そう言えばキミのこと、外事課から紹介してくれって煩く言われてるんだけど、行っちゃう?」
「結構です。安藤さんの下以外で働く気は1ミリもありませんから。草野、」
しれっとそう答えて、藤田は紅一点の草野八重子を伴って席を外した。
「……ちょっと今の聞きましたか? 稲垣クン」
「もちろん。さりげないのに強烈な愛の告白でしたね。藤田クンは相変わらず安藤サンにメロメロじゃないですか、武内クン」
「いやいや。警察庁イチのモテ男はさすがに違いますねえ、安藤サン」
稲垣隼人と武内飛鳥のふたりは埼玉県警からの出向で、チームの発足直後から参加してもらっている。優男風な身なりで話術に長け、聞き込みの上手い稲垣と、格闘家崩れで腕っぷしの強い武内は警察学校の同期で、いろいろな意味でよく息が合っている。
「……黙って仕事しろ、莫迦」
しばらくして藤田と草野が小柄な妙齢の女性を連れて戻ってくる。
「責任者の安藤です。ご足労おかけして申し訳ありません」
「生活安全課の吉岡です。言うとくけど、私はゴリちゃんの味方やから、ゴリちゃんにやましいとこなんかない、って知っとうから協力するねんで?」
「承知しています。それで、この方なんですけど…」
マンションの玄関から総悟と一緒に出てくる写真を見せる。はっ、と一瞬表情を変えたのを見逃すことはできない。
「ご存知なんですね?」
「え……うそ……これナオトやん、なんで?」
「ナオト? 男性ですか」
「そう、南原ナオト。セイアンやったらみんな知っとうコやで」
「詳しく、訊かせてください」
「……でもゴリちゃん、なんで?」
「身分照会をかけたいんですが、生年月日はわかりますか?」
「セイアンでリストにはしてるけど、……でも、パスワードは部長しか知らんのよ。でも…なんでナオトがゴリちゃんと?」
「彼のこと、どれくらいご存知ですか?」
「よく東門街で見かけるねん。でも、それくらいしか、」
「吉岡刑事、このことは絶対に如月には言わないでください。絶対に、です」
不安げな表情で写真を見つめたままの吉岡刑事に、きつくそう告げる。
「藤田、セイアンのファイルに入って」
「もう入ってます」
「ちょっと待って、アンタたち、勝手にウチの、」
「そういう仕事なんです」
藤田に近づこうとする吉岡刑事を制止し、草野に目で合図する。
「ご理解下さい」
吉岡刑事が唇を噛む。いやな思いをさせていることは承知しているが、遠慮するつもりはない。
「わ、かってます」
「吉岡刑事、ありがとうございました。お席までお送りします」
草野が吉岡刑事のフォローに回る。こういう場合は細やかな心遣いができる草野が適任だ。草野は机に置いた紙袋を手に取ると、吉岡刑事に部屋を出るよう促した。
「吉岡刑事、」
「……はい」
「うちの安藤は、如月刑事の学生時代からの親しい友人だと聞いています。決して悪いようにはしませんので、今後ともご協力願えませんか?」
「草野さん、やったっけ?」
「はい」
「キャリアの警官なんて、今まで碌なヤツがおれへんかった。アンタのボスは、信用してもええの?」
小柄な私の歩幅に合わせて歩く草野という刑事は、若くて美しい。まるで一日署長にやってきたタレントみたいやわ。サイバー課なんて、地味で目立たないところにおらんでもええのに。そんな草野も、それからさっき会った藤田刑事もそのほかの部下たちも、なぜだか安藤警部には、全幅の信頼を置いているように見える。
「彼は正義感のみを信条にして行動できる、他にはいないタイプの人間なんです。吉岡刑事が如月刑事を信用してらっしゃるなら問題ないかと」
「そう。なんや禅問答しとうみたい。ゴリちゃんは面倒なことに巻き込まれただけやと、今でも私は思ってるんよ」
「もちろんです。安藤もそう思っているからこそ、あなたに協力をお願いしたのかと」
「……わかりました。じゃあ私にできることなら協力するから、そのかわりセイアンのほかのメンバーは巻き込まん、て約束して」
「努力します」
生活安全課のドアの前で温かい紙袋を渡される。
「なにこれ」
「賄賂です。皆さんでどうぞ」
「はあ?」
それじゃ失礼します、と恭しくお辞儀をして草野刑事が歩いていく。すれ違った同期のソタイが振り返って後姿を見送る。
「なんやアレ、ええ女やなあ。セイアンの新人かあ?」
ピウと唇を鳴らすと強面の相好を崩して呟く。
「そんなわけないやん」
乱暴に紙袋を開けると御座候が入っていた。
「お、そごうのアレか。一個もらうで」
「アカン」
「ええやん、一個くらい」
「アカン。これはセイアンにもろた賄賂なんやから」
ケチぃ、と文句をいう同期を無視してドアを開けた。
誰もいない部屋のなかでひとり、お湯を沸かした。
「一体何なん。課長が一番好きなオヤツ、なんで知っとんのよ」
やかんがピイと鳴いて湯気が上がる。かなわんわ、と呟いてガブリとぱくついた。塩気がほどよく効いたあんこが口いっぱいに拡がる。ゆっくりと味わってから、苦くて熱いお茶で喉に流し込んだ。
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