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第17話
―8月19日(土曜日)、21時
生田東門商店街
ミツルに会った前日から、ナオトの姿は見えなくなっていた。俺が出かけている間に帰っているようすもなく、コーヒーメーカーの中には茶色いしみがこびりついていた。盆明け21時過ぎの東門街は、大勢の観光客と酔客を絡めとって、相変わらずにぎやかだった。
「ゴリちゃん、おつかれ」
「吉岡さん」
はい、とレッドブルを渡される。プルタブを外して一気に飲み干した。
「なんや……お父さんに似てきたなあ」
「そうですか?」
「知っとった? お父さんも若いころゴリって呼ばれてたんやって」
「それは知りませんでした」
「優しい人やったよね。仕事人間やったけど。うちの亭主なんて、私よりも如月さんと一緒にいる時間の方が長かったんとちゃうかな」
「お子さんたちは、元気にやっていますか?」
「まあね。今までさんざん甘やかしてきたから、訓練はキツイみたいやけど。ふたり一緒やから、なんとかね」
吉岡さんのご主人は父の部下だった。交通機動隊に所属していたふたりは、高速道路での事故対応時に無免許運転の少年に轢かれて、帰らぬ人となった。俺が高校生の頃だ。まだ小学生だった吉岡さんの双子の息子たちは、この春に高校を卒業し、共に芦屋にある兵庫県警察学校で学んでいる。あの時、冷たい身体に縋りついて泣きじゃくっていたふたりの少年は、父の背中を追うように交通機動隊を希望しているという。
「ゴリちゃんさあ、」
「はい」
「せっかくええ大学出てんのに、なんで現場の警察官なんてやろうと思ったん?」
「そう、ですね」
「キャリアでも、行けたんとちゃうの?」
「地元で少年犯罪の防止に関わりたかったんです。父を轢いた犯人も未成年でしたから。あとは、」
「あとは?」
「お巡りさんの制服を着てみたかった、というのもあるかもしれません」
「なんやそれ。かわいい理由やな」
ぷぷっと吉岡さんが笑う。釣られて俺も笑う。「…ところで、」
「?」
「最近な、ナオトを見かけへんねんけど、ゴリちゃんはどう?」
「どうって……」
「東門であんなに毎日のようにウロウロしとったやん? せやのに、ここ一週間ほど全然姿を見かけてへんのよね」
ナオトのことは名前以外になにも知らない。電話番号でさえも。
「ちょっと、心配なん。変なことにでも、巻き込まれてなかったらええねんけど」
「……俺も、気にかけておきます」
「なあ、ゴリちゃん、」
「はい」
「……ううん、ごめん、なんでもない。ほな、また明日な」
ごちそうさまです、と言って握りつぶした青いカンからは強い薬品臭がした。
少し離れた場所から、おにいさん、寄って行ってよ、と観光客を誘う客引きの甘ったるい声が聞こえたので、吉岡さんと同時に歩き出した。
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