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第20話
―8月26日(土曜日)18時
生田警察署第4会議室
本部に戻ると、瑞樹のチームの他に吉岡さんが座っていた。
「吉岡さん、」
「ごめん、ゴリちゃん。安藤さんにナオトのことを話したんは私やねん」
今にも泣きだしそうな表情で吉岡さんがごめんなさい、と繰り返し言う。彼女は悪くない。進んで協力したのではないくらい、瑞樹のやり口を見ればわかっていた。
「いえ、いいんです。巻きこんでしまってすみません」
「如月さん、怪しまれないように北島ミツルが所属していた、MITの研究室の番号を通してかけます。30秒あれば現在地は探知できますので」
「わかった」
藤田が用意したPCから電話を掛ける。プッシュ音を聞きながら、なぜだか俺は繋がらないでくれと願っていた。今の俺はミツルどころか自分自身の気持ちさえ理解できていない。
「ハロー?」
「……」
「ハロー?」
「……ミツル、俺や。総悟や」
「え? ……総悟。え? どうしたん? これ、どこから掛けてんの? この番号をなんで知ってんの?」
「ミツル……」
横から藤田がもっと長くと指示を出す。
「総悟? ちょっと聞き取りにくいんやけど、」
「お父さんに聞いたんや。なあミツル、」
言いかけたところでツー音に変わった。
「切られましたね」
「気づいたな」
「ええ、多分」
「拾えた?」
「兵庫県、南西部までは、」
「音声解析してみよう。南西部じゃあ広すぎる」
「待って、」
傍で聞いていた吉岡さんが声を上げる。
「駅の音が聞こえた」
「駅の音?」
再生すると、確かに薄く、単音のメロディが聞き取れた。
「そう。これ、うちの実家の、山陽電鉄の姫路駅の電車が出発するときの音やわ」
「山陽電鉄?」
「そう、山電の姫路駅だけの発車メロディやねん。有名なひとの作曲らしくて話題になっていたから、間違いない」
藤田がキーボードを叩いて動画サイトを開く。
「同じだ。これですね」
「よし稲垣は姫路PSに連絡。ミツルの画像を送って、緊急配備の指示。藤田は防犯カメラ探して侵入、草野はふたりをフォロー、武内は付いてこい」
瑞樹が慌ただしく、的確に指示を出す。最後まで聞き取らないままに全員が動き出していた。
俺は北島社長にコールする。1回、2回、「はい、」
「山陽姫路駅のカメラに侵入しました」
「モニタに画像回して」
「どこや? どこにおんねん」
荒い画像のなかにミツルの姿を探す。
「いました。北島ミツルらしき人物を発見。南出口から出て……そのままJR方面に向かっています」
「おいおいJRには乗るなよ。そのままその辺におってくれよ」
皆がモニタに映し出された画像を食い入るように見つめる。
「北島さん、ミツルが姫路にいるようなんです。心あたりはありませんか?」
「姫路……それなら亀山本徳寺だろう。佐紀子と義母の墓がある」
「亀山本徳寺ですね」
草野が素早く亀山本徳寺の地図を出し、位置関係を把握する。
「JRの駅構内を通り過ぎました。……確かに、亀山本徳寺方面に向かっています。このあと駅のカメラから外れます」
「OK。そのまま追えるカメラ探し続けて、見つけたら転送。その寺で確保したいからPC2台先に急行させて。行くで、総悟!」
瑞樹と武内が階段を駆け上がっていく。
「待て、なんで屋上に?」
「ヘリ出した。文句言うヒマがあったら早う走れ」
「……ちょっと、大袈裟なんじゃないか?」
瑞樹はなにも答えずにそのまま走り続ける。ヘリポートではEC155ユーロコプターがメインローターを回しスタンバイしていた。
「姫路までやったら10分もかからへん。姫路PSに降りてそのままPCで移動するから、草野、フォローよろしく」
周囲の生温い空気を巻きこんで白い機体が浮かび上がる。轟音のなかで違和感の正体を知りたくて、声を張り上げた。
「瑞樹」
「ん?」
「俺に隠していることが、あるんちゃうか?」
「めっちゃあるよ」
「言われへんのか?」
「言うても、おまえがしんどくなるだけやからな」
顔色ひとつ変えず、平然と答える。
この男には敵わない。昔からそうだ。
「瑞樹、頼むから」
瑞樹は一瞬だけ空を見て、ため息をついてから続けた。
「北島はCIAからも追われとう。本国でシヴァのボスが捕まったみたいや。さっきの電話で居場所も知られとうやろ」
「……CIAって、なんやそれ。ここは日本やで?」
「おまえは平和ボケしすぎや。日本国内にCIAのエージェントが何百人おると思っとんねん」
「……」
「信じられへんかもしれんけどな。でも先に身柄を拘束されてしもたら、もうどうしようもないんや」
「ミツル……」
「とりあえず急ぐで。ちゃんとベルトしとけよ」
望まなくとも、大きな渦のなかに巻き込まれていく。
渋滞する阪神高速に、旋回するヘリの影が大きく拡がった。
視界をただ飛び越えていく景色のなかで、夕日を纏った明石海峡大橋だけが、やけにきれいに見えた。
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