20 / 29

第20話

―8月26日(土曜日)18時 生田警察署第4会議室 本部に戻ると、瑞樹のチームの他に吉岡さんが座っていた。 「吉岡さん、」 「ごめん、ゴリちゃん。安藤さんにナオトのことを話したんは私やねん」 今にも泣きだしそうな表情で吉岡さんがごめんなさい、と繰り返し言う。彼女は悪くない。進んで協力したのではないくらい、瑞樹のやり口を見ればわかっていた。 「いえ、いいんです。巻きこんでしまってすみません」 「如月さん、怪しまれないように北島ミツルが所属していた、MITの研究室の番号を通してかけます。30秒あれば現在地は探知できますので」 「わかった」 藤田が用意したPCから電話を掛ける。プッシュ音を聞きながら、なぜだか俺は繋がらないでくれと願っていた。今の俺はミツルどころか自分自身の気持ちさえ理解できていない。 「ハロー?」 「……」 「ハロー?」 「……ミツル、俺や。総悟や」 「え? ……総悟。え? どうしたん? これ、どこから掛けてんの? この番号をなんで知ってんの?」 「ミツル……」 横から藤田がもっと長くと指示を出す。 「総悟? ちょっと聞き取りにくいんやけど、」 「お父さんに聞いたんや。なあミツル、」 言いかけたところでツー音に変わった。 「切られましたね」 「気づいたな」 「ええ、多分」 「拾えた?」 「兵庫県、南西部までは、」 「音声解析してみよう。南西部じゃあ広すぎる」 「待って、」 傍で聞いていた吉岡さんが声を上げる。 「駅の音が聞こえた」 「駅の音?」 再生すると、確かに薄く、単音のメロディが聞き取れた。 「そう。これ、うちの実家の、山陽電鉄の姫路駅の電車が出発するときの音やわ」 「山陽電鉄?」 「そう、山電の姫路駅だけの発車メロディやねん。有名なひとの作曲らしくて話題になっていたから、間違いない」 藤田がキーボードを叩いて動画サイトを開く。 「同じだ。これですね」 「よし稲垣は姫路PSに連絡。ミツルの画像を送って、緊急配備の指示。藤田は防犯カメラ探して侵入、草野はふたりをフォロー、武内は付いてこい」 瑞樹が慌ただしく、的確に指示を出す。最後まで聞き取らないままに全員が動き出していた。 俺は北島社長にコールする。1回、2回、「はい、」 「山陽姫路駅のカメラに侵入しました」 「モニタに画像回して」 「どこや? どこにおんねん」 荒い画像のなかにミツルの姿を探す。 「いました。北島ミツルらしき人物を発見。南出口から出て……そのままJR方面に向かっています」 「おいおいJRには乗るなよ。そのままその辺におってくれよ」 皆がモニタに映し出された画像を食い入るように見つめる。 「北島さん、ミツルが姫路にいるようなんです。心あたりはありませんか?」 「姫路……それなら亀山本徳寺だろう。佐紀子と義母の墓がある」 「亀山本徳寺ですね」 草野が素早く亀山本徳寺の地図を出し、位置関係を把握する。 「JRの駅構内を通り過ぎました。……確かに、亀山本徳寺方面に向かっています。このあと駅のカメラから外れます」 「OK。そのまま追えるカメラ探し続けて、見つけたら転送。その寺で確保したいからPC2台先に急行させて。行くで、総悟!」 瑞樹と武内が階段を駆け上がっていく。 「待て、なんで屋上に?」 「ヘリ出した。文句言うヒマがあったら早う走れ」 「……ちょっと、大袈裟なんじゃないか?」 瑞樹はなにも答えずにそのまま走り続ける。ヘリポートではEC155ユーロコプターがメインローターを回しスタンバイしていた。 「姫路までやったら10分もかからへん。姫路PSに降りてそのままPCで移動するから、草野、フォローよろしく」 周囲の生温い空気を巻きこんで白い機体が浮かび上がる。轟音のなかで違和感の正体を知りたくて、声を張り上げた。 「瑞樹」 「ん?」 「俺に隠していることが、あるんちゃうか?」 「めっちゃあるよ」 「言われへんのか?」 「言うても、おまえがしんどくなるだけやからな」 顔色ひとつ変えず、平然と答える。 この男には敵わない。昔からそうだ。 「瑞樹、頼むから」 瑞樹は一瞬だけ空を見て、ため息をついてから続けた。 「北島はCIAからも追われとう。本国でシヴァのボスが捕まったみたいや。さっきの電話で居場所も知られとうやろ」 「……CIAって、なんやそれ。ここは日本やで?」 「おまえは平和ボケしすぎや。日本国内にCIAのエージェントが何百人おると思っとんねん」 「……」 「信じられへんかもしれんけどな。でも先に身柄を拘束されてしもたら、もうどうしようもないんや」 「ミツル……」 「とりあえず急ぐで。ちゃんとベルトしとけよ」 望まなくとも、大きな渦のなかに巻き込まれていく。 渋滞する阪神高速に、旋回するヘリの影が大きく拡がった。 視界をただ飛び越えていく景色のなかで、夕日を纏った明石海峡大橋だけが、やけにきれいに見えた。

ともだちにシェアしよう!