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第21話

―8月26日(土曜日)18時40分 姫路市・亀山本徳寺 俺と瑞樹が亀山本徳寺に到着するとミツルは制服警官4人と白バイ隊員、それと私服の男性2人に囲まれていた。 「ミツル!」 「……総悟」 「警察庁の安藤と生田署の如月です。そちらは?」 所在なさげな制服警官が一歩下がる。 「CIAのオオキタです」 「同じくユシマです」 スーツ姿のふたりが取り出した身分証明書にはイーグルのエンブレムが見える。瑞樹の予感が的中していた。 「こちらが先に身柄を確保しましたので、お先に」 制服警官に視線を向けても、ただ首を振るだけだった。俺は奥歯を噛みしめて反論する言葉を飲み込んだ。ふたりの捜査官は、俺たちから少し離れてミツルに話しかける。 「……ミツル・キタジマですね」 「はい」 「これを……」 ミツルは、スピーカーになったアイフォンを手渡される。 「ハイ、ミツル」 「スティーヴ、……どうして?」 「ジェイミーがミスっちゃってね。ローレンと一緒に身柄を拘束されてしまったから、司法取引に応じることにしたよ。大丈夫、その書類にサインしてくれればきみも免責される」 「……あなたはどうなるの?」 「設立者として責任は取るつもりだ。でも安心して。私には、まだまだ利用価値があるから、酷いことにはきっとならないから」 「スティーヴ、」 「愛しているよ、ミツル。私を愛しているなら書類にサインを」 そう聞こえて電話が切れた。呆然と立ち尽くすミツルにユシマが畳みかける。 「キタジマさん、応じた方がいい。あなたたちにとってはこれが最善策だ。これ以上よい条件はもうありえない」 その書類には、ミツルの行った行為に対する全面免責の記載があった。ミツルは、アメリカ国内でのシヴァに関する犯罪では、まったく罪に問われないという内容だ。ミツルはしばらく逡巡し、それからゆっくりと、単語をひとつひとつ追うように視線を滑らせて、「待って、」ある一点で止める。 「スティーヴの市民権を剥奪する……」 「永住権は残るから当面の問題はない」 「彼のやっていることを知っているの? 私欲なんかじゃないのに」 「あなたたちにハッキングを許したことで、仕事を失ったエンジニアがいる。シングルマザーで、次の仕事が決まらず生活は困窮してしまった。アルバイトの清掃員は、一週間職場が休みになってしまったことで、慌てて日雇いの仕事を始めた。時給が安く、大学の進級テストの前日も働かないといけなくなった。あなたは、あなたたちは、そこまで考えたことがあるかい?」 ミツルは口を噤んで視線を落とした。オオキタが続ける。 「個人的な感想を言うと、あなたたちのことは嫌いじゃない。でもどんな悪徳企業にだって、善人がいるかもしれないんだ。その人たちのことも考えてみてほしい」 ミツルは頷いてペンを取り、サインをした。その指先が震えている。 「これでいいですか?」 「ああ、問題ない」 オオキタは書類を束ね、ユシマに手渡す。 「これであなたは自由だ。永住権も残るから、いつでもアメリカに戻ることができる。もちろん戻りたければ、だけど」 「スティーヴに会えますか?」 「すぐには無理だ。でも、なるべく早く会えるように交渉するよ。約束する」 ふたりの捜査官は瑞樹にお先にと声を掛けると、したり顔でその場を後にする。 残された俺たちは、すぐには状況を把握することが出来ず、そのまま蝉しぐれに飲み込まれていた。困惑する姫路署の警官にどうしますか、と促され、瑞樹が口を開く。 「……北島、」 「安藤くん」 瑞樹に名を呼ばれたミツルが顔を上げる。 「……さすが、日本の警察も優秀やね。いや安藤くんが特別なんかな」 「おまえはやっぱり、」 「そうです。ぼくはシヴァのシニアエンジニアです。ただ北松組の件はぼくがすべて個人的にしたことなので、シヴァとは一切関係ありません」 ミツルは笑っていた。俺とは一度も目を合わせなかった。どうして笑っているんだと、そう言いたかったのに言葉が出ない。 「……場所を変えよう」 武内に腕を掴まれたミツルがPCに乗り込んだ。ミツルとは別の車両に乗った俺に、制服の警官が大丈夫ですか、と声を掛ける。 赤色灯を回して先導する白バイのテールランプが、ぼやけて見えた。

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