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第22話

―8月27日(日曜日)朝4時 総悟のマンション ミツルの件に関して捜査権のない俺は、早々に捜査本部から追い出された。どうにかして頭のなかの情報を整理したいのに、猛烈な眠気が襲ってくる。カギを開けようとして掛かっていないことに気づく。玄関には、よれた赤いコンバースがきちんと揃えて置いてあった。 「ナオト、おるんか?」 リビングのソファには、俺のシャツと俺のトランクス姿で、転寝するナオト。 「ナオト……?」 「あ、ソウゴ。おかえり、久しぶりやん」 そういうと俺の首に腕を回し、唇を寄せる。仄かにタバコの臭いがした。 「なあ、やりたいわ、ソウゴ」 「あほか」 知らない臭いに、吐き気がする。 「ええやん。しよ」 俺のベルトの下を足先で弄る。首に回したその手を乱暴に掴むと、ナオトがけらけらと笑う。 「いたいいたいっ。なに? ソウゴって、そういうプレイするヒトなん?」 「ナオト」 「うーん、僕ノーマル派なんやけど、まあでもソウゴやったら、」 それはまるで主人が戻ってきたことを喜ぶ、遊び盛りの仔猫のようだ。 「おまえ、誰や」 「え?」 「おまえは誰なんや。名前を変えてまで、なんの目的で俺に近づいたんや?」 「ソウゴ……」 「ミツルの弟って、ほんまなんか、それ……」 「……」 「なんか、なんか言うてくれよ」 「……ちゃんと話すから、手ぇ離してくれる?」 腕を話すと手首が赤く染まっているのが見えた。一瞬だが、痣が残るほど強く握りしめていた。 ナオトはソファに座り直すと、俺の目をまっすぐに見た。 「確かに、血の繋がりはないけど僕は北島ミツルの弟や。でもソウゴとのことはついこの間まで知らんかったし、ミツルさんがゲイ、っていうことも知らんかった。春ごろに、たまたまミツルさんが置いて行った旧い携帯電話を見つけたんや。そこには高校生のときのソウゴとのやりとりが全部残されとった。『うん』とか『アホか』とか一言だけのやつも、全部残ってた。元気づける言葉も、しょうもない喧嘩もぜーんぶ残ってた。めっちゃ、支えられてたんやな、て思ったよ。それでソウゴに興味持った。優しいのに強くて、厳しいのに甘くて、しっかりしてるのに子供みたいで、そんなソウゴに興味を持った。ソウゴに会ってみたくて、必死で探した。ほんなら、生田のセイアンにおるって分かって、ずっとあの辺をウロウロしてた。マッチョな人を見かけたら警官かな、ソウゴのこと知ってるかも、て話しかけてみたりしてた。ソウゴに会ったことがある、ていう人にはしつこいってキレられるくらい話を聞いてた。でもあのとき、ソウゴが店に入ってきたときはすぐに分かった。この人がソウゴや、て。ほんなら、その通りやった。南原に変えたのは、ソウゴに北島ミツルの弟やってことを知られないようにするため。ほんまにそれだけやった。なあ、僕はずっと、あの携帯電話のメッセージを見つけたときから、ずっと、ずっとソウゴのことが好きやったんや」 俺は一度も口を挟まなかった。いや、挟めなかった。ナオトはずっとまっすぐに俺を、見つめていたから。 「でも、僕は嘘ばっかり言うてた。神戸高校も行ってへんし、天涯孤独でもない。ソウゴに、僕に興味を持ってほしくて必死やった。信用してもらえなくて当然やんな」 「ナオト、」 「なに?」 「おまえが俺に近づいた理由は、ミツルのやっていることとは、関係ないんやな?」 「え? ミツルさんのやっていることって、なんなん?」 首を傾げるナオトの隣に座り、抱きしめた。 「なんなん、ソウゴ?」 「いいや、なんでもない。違うんやったらええねん」 この知らない臭いを上書きしたい。 「僕は、ソウゴが好き」 「俺は、おまえのことが気になってしょうがない。だけど、まだよく、わからへんのや」 「そこは、嘘でも『好きや』って言うもんとちゃうの?」 「おまえに嘘はつきたくない」 正直に答えた。嘘はつきたくなかった。 「せやから、わからへんから、もっとおまえのことを教えてくれ」 「狡いわ、そんな言い方、ん」 わからないから知りたい。狡いと言われても。 「でもまあ、別にええか。僕はソウゴが好きなんやし、んん」 わからないけど今はとにかく愛おしくて、おしゃべりを続けようとする唇を塞いだ。 「おまえの全部、教えてくれ」 「ん、ソウ、ゴ、」 舌を絡ませると、どちらの唾液かさえもわからなくなるほどに蕩けていく。まだぎこちないその動きさえ愛おしい。きっとすぐに、俺はナオトの味を覚えることになるんだろう。 「ソウゴ、すごい」 ベルトを外し手を入れたナオトが、熱く勃ちあがった俺の其れに手を添え、柔く扱く。ナオトの前もすっかり張り詰めていたから、口内を指で掻き混ぜ、その手を蕾に回した。 「は、あん」 ひくひくと震える蕾は、俺の指を簡単に吸い込んでいく。くちゅくちゅと掻きまわしていると強く引きずりこまれるような感覚に、自分の其れが反応する。 「ソウゴ、」 「ん?」 「欲しいよ」 「ベッド、行くか?」 立ち上がろうとした俺の腕を掴んだ。 「ここでいい。早う、」 そう言ってトランクスを下げ跨ると、俺の其れで蕾を塞ぐ。奥までするりと飲み込まれ、強い締め付けに突き抜けるような快感が拡がる。 「は、ぁん」 「やっぱりおまえは、やばい。きも、ち、い…」 羞恥に顔を隠すナオトを、下から思い切り突き上げた。まだ幼い体を残した其れも起立し、弾けんばかりに張りつめている。顔が見たくて堪らなくて腕を引き、潤んだ目を見つめた。汗を纏った髪からは甘い匂いがする。 「もう、や、ソウ、ゴ、むり、ぃ、」 かわいいことばかり言う唇をこじ開けて声も奪う。 「もっと、ソウゴ、ああん」 嬌声が漏れ、間もなくナオトの其れから絶頂が飛び出した。 「あ、ィ、ク、」 同時に俺の其れは、ナオトのなかできゅうきゅうと締め付けられ、搾り取られた。 ミツルと別れてから、誰かのなかで果てたのは初めてだった。 「僕、昨日誕生日やってん」 「そんなん、先に言えよ、ったく」 「……ソウゴが好き、ソウゴは?」 肩で大きく息をしながらナオトが俺を抱きしめて好き、とまた耳もとで呟く。俺もナオトを抱きしめる。興味を持って欲しくて嘘をついた? 興味なんて、最初からあるに決まっている。なかったら家に連れ帰ったりしない。でもそんなことは悟られたくなくて、腕にぎゅうっと力を込めた。 「……苦しいよ」 「我慢せえ」 腕のなかでもぞもぞと動くナオトが顔を上げる。もう一度唇に触れてナオトを味わおうとした刹那、インターフォンが鳴らされた。 誰だよ、こんな時間に。構わず続けようとするとナオトが手のひらで制止する。 「出なあかん」 「こんな時間、イタズラやろ」 「ちゃうよ」 俺の腕を外してナオトが立ち上がる。シャツの裾を戻し、足首に引っかかったままのトランクスを引き上げる。 インターフォンのモニタには、スーツ姿の男がふたりと制服警官が4人映っていた。 「……警察?」 ナオトはモニタを確認することもなく、玄関の扉を開けた。「おい、ナオト、」 「南原ナオトさん」 「はい」 「松岡芳樹さんに対する殺人未遂で逮捕状が出ています。わかりますか?」 「……はい」 初めて聞く名前、予想の遥か彼方を示す要件。 ……殺人、未遂? 「待て、なんやこれ?」 「あなたは?」 「如月総悟。生田警察署、生活安全課所属です。いったいこれは、」 慌てて玄関に置いた手帳を拡げると、目の前に薄っぺらな紙を突きつけられた。 「東灘警察署、刑事第二課の山口と鈴木です。見てのとおり、南原ナオトの逮捕状です」 「な、…殺人未遂って、」 「ごめん。最後に、どうしても会いたかってん」 素直に両手を出すナオト、俺は思わず手錠を掛けようとする警官の手を振り払った。 「なんやそれ。どういうことやねん」 「やめなさい。公妨とりますよ」 「勝手にせえや。ナオトが説明するまで行かせへん。ナオト!」 「ソウゴ、やめて」 「ナオト!」 「はい公妨公妨。逮捕!」 それから3か月半、ナオトには会えなかった。 

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