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第25話

―9月2日(土曜日)朝10時 生田警察署 「おまえがご近所さんに好印象で助かったわ」 ナオトが逮捕されたときに同時に公務執行妨害で逮捕された俺は、瑞樹の手配のおかげか、今朝になってお咎めなしで釈放された。 「こういう時代やからな。誰かにSNSにでも上げられていたら、もう揉み消すこともできへんかった。『現役刑事がホモ恋人を巡って公務執行妨害で緊急逮捕!』なんてな。デイリースポーツのトップ飾ってもおかしくないレベルや、ちゅうねん」 「手間かけたな」 「ほんまやで。チーム全員にとけいやのしゃぶしゃぶ、奢ってもらうからな」 瑞樹がそう言って俺の前に座る。隣には稲垣が座っている。 「おまえの知らん、南原ナオトのこと、全部教えたるわ」 「……野良猫の保護活動?」 ナオトのことを何も知らなかった俺に、稲垣が丁寧に説明してくれた。もともとは、ナオトの母の文香が保護猫ボランティアをしていたこと。北島一誠が重篤な猫アレルギーの為に家では飼うことが出来ず、外でだけ活動していたこと。ナオトも中学のころから一緒に活動していたこと。 「夜中に出歩いていたのは、シェルターに保護しきれない外猫、『地域猫』と呼ぶらしいんですが、その地域猫の世話をしているからでした」 「じゃあ腕が傷だらけだったのも、」 「噛まれたり、引っかかれたり、というところですね。酷く噛まれると、腫れ上がることもあるそうですよ」 「……」 「そのシェルターに妊娠中の文香を捨てた父親の松岡芳樹が現れて、一緒に活動しているボランティアに嫌がらせをしたり、猫を虐待したりするようになりました。あの日も、どうやらナオトに金を無心しに来ていたらしく、ナオトが拒否したら傍にいた猫を蹴り飛ばして、」 「それでナオトがブチ切れて、持っていたカッターナイフで刺してしもた、というわけ。でもこのナイフだって猫の餌の袋を開けるために持っていたやつやから、殺人未遂で立件、ていうのは、ちょっと厳しすぎると思うねんけどなあ」 「過去の案件から鑑みると、殺人未遂ではなく、傷害罪で起訴される可能性が大いにありますね」 「あとはどれだけ情状酌量を考慮してもらえるか、てところやねんけど。他のボランティアも強請られたり嫌がらせされたりしとったから、まず大丈夫やとは思うねんけどな」 黙って聞いている俺に淡々と話すふたり。あ、と気づいて訊いてみる。 「稲垣、」 「はい」 「その、蹴飛ばされた猫って……」 「あ、はい、確か……ゴロウというサビ柄の雄ネコです。かなり出血していましたが、そのあとすぐに他のボランティアがかかりつけの動物病院に連れて行ったので特に後遺症もなく……如月さん?」 気付けば笑っていた。「フフ、」 「……総悟?」 「そっか、ゴロウ……フフフ」 「総悟、大丈夫か?」 まわりがきょとんとしている。その顔もおかしくて笑いが止まらなかった。 「そっか、そいつがゴロウ、やったんやな」 「総悟……」 静かな部屋のなかで、俺の笑い声だけが響いていた。笑い過ぎて涙が、零れてきた。

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